取材・文/藤田麻希
長崎の軍艦島が世界遺産に登録されたことも記憶に新しいですが、昨今、廃墟をテーマにした写真集がヒットしたり、廃墟見学のツアーが組まれたり、廃墟ブームのような状況が起こっています。古い建物が面白いだけでなく、時が止まってしまった異様な光景が人々を惹きつけています。
じつは、18世紀のヨーロッパでも廃墟ブームがありました。廃墟のスケールが日本とは違うのですが、古代ギリシアとローマの遺跡が人気を集めていました。このブームには、さまざまな要因がありますが、イタリアのポンペイなどの遺跡が発掘され古代に対する関心が高まったこと、イギリスの裕福な貴族がフランス・イタリアなどを周遊する「グランド・ツアー」が隆盛し、廃墟を訪れる人が増えたことなどがあげられます。それにともなって、廃墟を描いた絵画の需要も高まり、古来、風景の一角としてしか描かれてこなかった廃墟は、ついに絵の主役に躍り出ました。フランスのユベール・ロベールと、イタリアの版画家、ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージは、廃墟画で名を成しました。
このような廃墟にまつわる絵画を集めた展覧会「終わりのむこうへ:廃墟の美術史」が、現在、渋谷区立松濤美術館で開催されています。18世紀廃墟ブームの作品だけでなく、それ以前の作品や20世紀前半のシュールレアリスムの文脈で描かれた廃墟、日本で描かれた廃墟まで、約70点で知られざる廃墟の美術史を紐解きます。
江戸時代以前まで、日本では廃墟を鑑賞の対象にすることはあまりなかったようです。例外的な作例として伝歌川豊春の「阿蘭陀フランスカノ伽藍之図」があります。こちらはロンドンで販売された、古代ローマの遺跡を描いた銅版画を参考にしたことが指摘されていますが、この浮世絵師がこの風景を廃墟として認識していたかどうかは不明です。日本人が自覚的に廃墟を主題にしたのは、西洋の美術教育が入ってきた明治時代以降のことでした。
平成に入ってからは野又穫さん、元田久治さんのように、現実にある廃墟ではなく、未来の廃墟を描く画家が現れます。そんなときにしばしば取り上げられるのが、渋谷の街です。渋谷区立松濤美術館学芸員の平泉千枝さんは次のように説明します。
「展覧会の準備中、なぜ渋谷の廃墟が描かれるのかを考えてみました。渋谷は歴史上類をみないほど繁栄しています。それを見ていると、いつまでこの繁栄が続くのだろうかという不安もよぎります。もしかしたら、失うのが怖い愛するものこそを、あえて廃墟として描くのかもしれません。美術館で未来の廃墟を見た後に、人々で賑わう渋谷の街を歩きながらそのことに思いを馳せていただければ幸いです」
人はなぜ廃墟を求めるのか。古今東西の廃墟にまつわる絵を見ながら、考えてみるのはいかがでしょうか。
【終わりのむこうへ : 廃墟の美術史】
■会期:2018年12月8日(土)~2019年1月31日(木)
■会場:渋谷区立松濤美術館
■住所:〒150-0046東京都渋谷区松濤2-14-14
■電話番号:03-3465-9421
■公式サイト:http://www.shoto-museum.jp/
■開館時間:10:00〜18:00(金曜日は20:00まで)
■休館日:12月25日(火)、12月29日(土)~1月3日(木)、1月7日(月)、15日(火)、21日(月)、28日(月)
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』