文/山本益博
「てんぷら」の語源については諸説ありますが、室町時代、ポルトガルから来た外来の料理が原点であることには間違いないようです。「テンペロ」「テンプロ」が訛って「てんぷら」になり、「天麩羅」という字があてられました。「天」は「天竺」、「麩」は「小麦粉」、「羅」は「薄い衣」のこととのことで、私はこのなかの「羅」に注目したいと思っています。
てんぷらは、天種、油が大切であることはもちろんですが、「てんぷら」になるか「魚のフライ」になるかは、「衣」次第なんです。小麦粉と水で作った薄い衣を通して、魚の水分と油を交換する、言い換えれば、魚の「脱水作業」こそがてんぷらの命なのですね。
「フライ」は小麦粉に加えてパン粉を使い、素材の旨味を閉じ込めて油で揚げます。ですから、同じ魚介を使いながら、味わいの違う料理に仕上がるわけです。
洋食の老舗「ぽん多」では、きす、あなご、小柱などてんぷらと同じ魚介を使ってフライにします。きすはてんぷらよりふっくらと、あなごは身がしっかりと揚がったフライになっています。小柱は衣を開くと、まだ火の入らない限りなく生に近い小柱の美味しさに出会えます。
私のお気に入りのてんぷら屋「みかわ是山居」の主人早乙女哲哉さんは、冷たい水に冷やしておいた小麦粉をふるいにかけて、粉をときます。「溶く」のではなく「解く」のだそうです。こんがらがった糸を解く(ほどく)ように、衣を「水と粉と空気」が1対1対1になるようにするのだそうです。
こうして出来上がった薄くて軽い衣で揚げられた、えび、いか、あなごなど、すし屋で使う種と同じ魚介がこうも違う味わいになるものかと、唸ることしきりです。
「人形は顔がいのち」ですが、「てんぷらは衣がいのち」です。