文・写真/横山忠道(海外書き人クラブ/タイ在住ライター)
日本では今や全国どこででもタイ料理店があり、ファミリーレストランやコンビニでも手軽に選べる時代になってきた。しかし、同じタイ料理でも地方によって様々な特色があるのをご存知だろうか?
タイの古都「チェンマイ」を中心とする北部タイの地元料理は、日本ではほとんど紹介されていない。それどころか、同じタイの首都バンコクですら北部タイ料理を食べられる店は少ないのだ。
それもそのはず。実は北部の中心都市チェンマイにおいてすら、北部タイ料理専門店は一般的な存在ではない。チェンマイの地元生鮮市場に行けば、その理由がわかる。
お惣菜売り場にズラリ並ぶのは、ほとんどが北部料理。タイはお惣菜を買ってきて家で食事する中食文化が発達した国で、つまり市場はチェンマイっ子の食卓の縮図そのものだ。地元のひとたちにとって北部料理はありふれた料理で、外でわざわざ食べるものではないという理屈だが、逆にいえば毎日でも食べたい「おふくろの味」が北部料理なのだ。
北部タイ料理の真髄を『ローン・カオラム』で探る
たとえ地元ではありふれたものでも、われわれ外国人にとって北部料理は未知の味覚だし、せっかくならば市場のお惣菜でなく、一流の料理人が作ったとびっきりの北部料理を楽しみたい。そんな望みを叶えてくれるオススメ店を紹介しよう。
まずはチェンマイ南郊のウィアン・クム・カーム遺跡にある『ローン・カオラム』だ。ここは『Lanna Rice Barn』という伝統的木造家屋で人気のあるホテル併設のレストランである。
木造建築の地上部分が吹き抜けの客席になっていて、北部らしい情緒を満喫できる。広々とした庭を眺めながらまったり食事できるのがうれしい。
北部料理とは何かを探るのにうってつけのメニューは「ゲーン・ケー」(100バーツ/330円)だ。「パックケー」という香り高い葉野菜のスープで、具は鶏肉か豚肉を選べるが、主役は間違いなく「野菜」である。この一杯に形が見えているだけでも10種の野菜・ハーブがたっぷり。北部では民家の庭に自生しているチャオムという野草もあり、トゥーンという茎野菜はふわふわに煮込まれて絶妙の食感だ。身近にある「地味」な食材を「滋味」に仕上げるのが北部料理の真骨頂なのだ。
さらに「ラープ・ムー・クア」(75バーツ/248円)を注文してみよう。ラープは東北タイ料理としておなじみだが、北部のラープはよりハーブとスパイスが効いて、濃厚なコクが凝縮された印象だ。カリカリに揚がった「ケープ・ムー」(豚皮の素揚げ)との組み合わせもさることながら、地元のひとびとは生野菜のディップとしていただく。濃淡のバランスがとれてラープがほどよい味わいとなり、野菜がどんどん減っていく。生野菜は当地ではほとんどの店で取り放題になっている。
イチ押し北部タイ料理を『フアン・ムアンジャイ』で賞味する
もう一店、極上の北部タイ料理が食べられる店がチェンマイ市街中心部にある『フアン・ムアンジャイ』である。ここ数年人気急上昇で、遠方からリピーターが訪れる有名店だ。この店の料理はオーナーシェフが母親から受け継いだ家伝来のレシピに忠実に従っていて、いずれも外れなしの絶品である。
北部料理を代表するメニューというと、カレースープの麺・カオソーイやミャンマー風カレーと称されるゲーン・ハンレーの人気が高いが、本稿では「ヤム・ジン・ガイ」(80バーツ/264円)という料理を提案したい。
最初のひと口で何種ものスパイスが口の中で奏でるハーモニーにうっとりするが、徐々に効いてくる痺れるような辛さは「マクウェン」によるものだ。五香粉に使われている花椒のことで、ほんのり柑橘系の風味が爽やかだ。さらに、ほろほろと口の中で柔らかく崩れる「バナナのつぼみ」の渋みと苦味が心地よいアクセントになっていて、ほかに比べるものがない複雑で玄妙な味わいに仕上がっている。
北部料理の美味に貢献するのは野菜・ハーブ・スパイスだけではない。「カノムジーン・ナムニャオ(写真右下)」(45バーツ/149円)で味わえる深みのあるどっしりしたコクは「トゥアナオ」という調味料によるものだ。
トゥアナオは「腐った豆」という意味だが、日本の納豆と同じく大豆を発酵させたものだ。バナナの葉に包んで蒸すとそのままでも食べられるが、上の写真のように干したものは調味料として重宝する。発酵食品が効果的に使われているも北部料理の特長のひとつだ。
『トゥン・ジェンマイ』で北部タイ料理の素材を味わいつくす
最後に紹介するのが、瞑想の寺として名高いワット・ウモーンの近くにある『トゥン・ジェンマイ』という店だ。
この店はすぐ裏手が野菜畑になっていて、パクチーの清々しい香りが客席まで漂ってくる。
この店はメニューが豊富で、大抵の料理はここで賞味できると思って間違いない。この店では北部料理の「素材」の奥深さを追求してみよう。
写真左上の「カオ・ギョウ」(15バーツ/50円)というおにぎりは「豚の血」をまぶしたごはんをバナナの葉で包んで蒸し上げたもの。血が使われているとは思えないほど、やさしくて香ばしい味わいだ。さらに右下の「エップ・オーンオー」(40バーツ/132円)は、なんと「豚の脳みそ」が主役。奇抜な料理と思われるかも知れないが、当地では好んで食べられるものだ。脳みそ自体は淡泊そのもので、混ぜ込んだハーブの香味とともにふくよかな食感が楽しめる。メニューの中でも安い部類の品だが、その食べ応えは高級料理に匹敵する品格が感じられる。
和食にも通じる北部タイ料理の奥深さ
これら北部料理専門店を巡ってみて、北部料理は日本人におなじみの中部タイ料理とは毛色が違うものと気づかれたと思う。素材の持ち味を知り尽くし、それを最大限に生かすために練られた北部料理のレシピには、和食にも通じる洗練された理念が息づいている。身近に自生している野草など、「今そこにある食材」をどうやったら無駄なくおいしくいただくことができるか、民衆の古来からの知恵の結晶が北部タイ料理なのである。
●ローン・カオラム(Lanna Rice Barn)
チェンマイ南郊ウィアン・クムカーム遺跡エリアのワット・フアノーンの裏手にある。トゥクトゥク・ソンテウ等でチェンマイ市街から20~30分目安。
242/2 Moo.1 Nongpueng, Saraphi, Chiang Mai 50140
営業時間 10:30~16:00(水曜休)
●フアン・ムアンジャイ(Fuen Muan Jai)
チェンマイ旧市街から北西側のサンティタム地区にある。チェンマイ名物カオソーイの人気店「カオソーイ・メーサイ」の斜向かい。
24 Ratchpruek Road, Mueang Chiang Mai, Chiang Mai 50300
営業時間 11:00~21:00(水曜休)
●トゥン・ジェンマイ
ステープ通りからワット・ウモーンに向かう道(ソイ4)に入り、約440メートル先右側。
63/9 Suthep Road, Mueang Chiang Mai, Chiang Mai 50200
営業時間 9:00~21:00(不定休)
●注:記載した情報は2018年7月現在のものです。日本円は「1バーツ=3.3円」で計算。
文・写真/横山忠道(海外書き人クラブ・タイ在住ライター)
2004年に日タイ政府間合弁技術者育成事業に従事したのを端緒とし、その後一貫して日タイを繋ぐ活動に専念。2014年にチェンマイ移住。リサーチ・分析スキルを持ち味とした執筆活動を続ける。 海外書き人クラブ(http://www.kaigaikakibito.com/所属)