文・絵/牧野良幸
今回は1966年(昭和41年)公開の『大魔神』である。
今や大魔神は人気キャラクターとなっている。パロディーにされることも珍しくないし、プロ野球選手のニックネームにもなった。その点では、同じくプロ野球選手のニックネームになったゴジラに並ぶ特撮映画の人気者と言えるだろう。
しかし今日の人気を52年前の映画公開時に予想した人がいただろうか?
いなかったと思う。少なくとも僕は思わなかった。というか僕は『大魔神』を公開時に映画館で観たのであるが、その時は「二度と見たくない」と思ったのだ。
当時の僕は小学二年生、8歳だ。母親に頼んで映画館に連れていってもらった。
観たかったのは『大魔神』ではない。僕が楽しみにしていたのは『大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン』。ゴジラと並んで人気の怪獣ガメラの新作映画だ。併映の『大魔神』については内容どころかタイトルさえ気にとめなかったと思う。
当時は二本立てが当たり前であったが、子どもはお目当の怪獣映画にしか興味はない。『大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン』のあとは、記念にもらった“ガメラ消しゴム”のほうが大切で、もう一つの映画は適当に観る。
映画が始まるや時代劇というところに少々面食らったけれども、それよりも武士の圧政に苦しむ村人の姿が映画を重苦しくした。今ならどうってことないお芝居だけれど、8歳の子どもにはリアルだったのだ。
その村人の守り神である武神様の石像が横暴な武士たちに壊されるシーンで、“沈鬱な時代劇”が“恐怖指数の高い時代劇”に変わる。
石像の眉間に打たれたノミ。そこから血が流れだすのだ。逃げる武士たちを山崩れや地割れが飲み込む。なんだこの展開は? いくら重苦しくても見せ場はチャンバラと思っていた子どもの心を裏切り、映画はホラーな方向へ進む。
石像から大魔神が現れたところで、ようやく「併映も特撮映画だ」と気づく。「であれば子ども向けか?」と8歳の坊やは体制を立て直しにかかるが、すぐに裏切られた。映画の主役は予想もしなかった怖い形相だったのである。大魔神が腕を顔の前であげる有名なシーン。おだやかな武神様の顔が仁王のようになった!
のちに流行ったギャクを使わせてもらえば「聞いてないよ〜」である。怪獣映画の併映にコメディのクレイジー・キャッツ映画などはあったけれど、こんなに怖い映画は初めて。映画館の入り口にあったポスターやスチール写真を適当に流した僕も悪いが、配給の映画会社も人が悪い。
僕は震え上がって目をつぶった。ここからはスクリーンを見ることはできなくなってしまった。
その間もおどろおどろしい音楽(ゴジラ映画と同じく伊福部昭の作曲)、ドスン、ドスンという足音。建物が崩壊する音。無数の叫び声などを聞きながら「早く終わってくれ」と思っていた。もちろん隣に座る母親に気づかれないように……。
これが『大魔神』を初めて観たときの思い出である。今でも『大魔神』が子ども向け映画なのか、大人向け映画なのか分からない。しかし映画公開から52年経った今日、大魔神は子どもから大人まで人気のキャラクターであることは間違いない。
それでもなお『大魔神』を観ると畏怖みたいな感情が起こるのである。それは8歳の子どもから還暦を迎えたジジイになった今も変わらない。日本人に残る土着信仰と言うと大げさかもしれないが、そんな類のDNAを刺激するところが『大魔神』のストーリー、映像、音楽の中にあるのかもしれない。
ちょうどNHK-BSでは8月7日から大魔神シリーズが放映される。『大魔神』『大魔神怒る』『大魔神逆襲』はすべて1966年(昭和41年)に制作公開されたものである。僕が映画館で震え上がったのとはうらはらに、当時は人気を得て続編が2作も作られたのだ。よかったらご覧ください。
【今日の面白すぎる日本映画】
『大魔神』
製作年:1966年
製作・配給:大映
カラー/84分
キャスト/高田美和、青山良彦、二宮秀樹、藤巻潤、橋本力ほか
スタッフ/監督:安田公義、脚本:吉田哲郎、特撮監督:黒田義之、音楽:伊福部昭
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』『オーディオ小僧のいい音おかわり』(音楽出版社)などがある。ホームページ http://mackie.jp