東京都内を中心に、全国の映画館で上映される映画史に残る往年の名作から、川本三郎さんが推薦する作品をご紹介します。
角川シネマ新宿 特集上映「大映男優祭」より
ひとり狼(昭和43年)
選・文/川本三郎
時代劇のなかでとくに好きなのは股旅もの。剣豪でも武士でもない。裏街道を生きるやくざ、それも組に属さない一匹狼を描く。
昭和のはじめ、長谷川伸や子母澤寛ら時代小説作家が股旅ものを書き、一匹狼の反骨と孤独が多くの読者の心をとらえた。
本作は、市川雷蔵の股旅ものの最高傑作。原作は、長谷川伸に師事した村上元三。監督の池広一夫は雷蔵の『眠狂四郎』や『忍びの者』シリーズも手がけている。
雷蔵が演じるのは「人斬りの伊三蔵」と異名を取る凄腕のやくざ。三度笠をかぶり、一人、旅を続けてゆく。
「親分もなけりゃ、子分もねえ。ねぐらもなけりゃ、身寄りもねえ」。
雷蔵には孤高のヒーローがよく似合う。冒頭、雪山でやくざ三人に囲まれるが、たちまち斬って捨てる。雷蔵はいつもより目のまわりを黒くし、凄味がある。
一匹狼は、旅の途中、土地のやくざの家に草鞋を脱ぐ。その一宿一飯の恩義のためには、嫌な親分のためにも戦わなければならない。
一見、自由に見える無宿者だが実は義理にがんじがらめになっている。義理の窮屈さが、雷蔵の孤影をいっそう深めてゆく。
この映画は、斬り合いだけではなく、やくざの実態を丁寧に描いているのも面白い。
地元のやくざにはきちんと仁義を切って草鞋を脱ぐ。出された食事を正座して黙々と食べる。残った魚の骨を懐紙に包んで懐にしまうなど細部の描写も忘れない。
伊三蔵はこれまで何度も修羅場をくぐってきた。それだけに自分しか信じていない。人情など持ち合わせない。
「人情がなければこの世は闇だ」
という相手に「その闇の暗さ、怖ろしさは自分の足で歩いてみなきゃわからねえ」と切り返す。こういうセリフが気障(きざ)にならずに言えるのは市川雷蔵ならでは。
その非情な伊三蔵が、最後、かつて好き合った女(小川真由美)とその子供(実は自分の子)のために卑劣な侍たちと戦う。裏街道を生きるひかげ者の最後の意地に見ていて胸が熱くなる。
気のいいやくざを演じる長門勇が雷蔵を助けるのも見どころ。
文/川本三郎
評論家。昭和19年、東京生まれ。映画、都市、旅、漫画など、幅広いテーマで評論活動を繰り広げる。著書に『荷風と東京』『映画の昭和雑貨店』など多数。
【今日の名画】
『ひとり狼』
昭和43年(1968)日本
監督/池広一夫
出演/出演/市川雷蔵、長門勇、小川真由美、岩崎加根子ほか
上映時間/1時間24分
【上映スケジュール】
期間:4月14日(土)~5月11日(金)
*上映日時は要問い合わせ
会場:角川シネマ新宿
東京都新宿区新宿3-13-3新宿文化ビル4・5階 東京メトロ・都営地下鉄新宿三丁目駅より徒歩約2分 電話:03・5361・7878
http://www.kadokawa-cinema.jp/shinjuku/
※角川シネマ新宿では4月14日(土)から5月11日(金)まで、特集上映「大映男優祭」を開催。大映創立75周年を記念し、数多くのスターを輩出した大映が誇る男優たちの傑作全45本を上映。以後も全国で順次、上映される。
※この記事は『サライ』本誌2018年5月号より転載しました。