取材・文/坂口鈴香

長年連れ添った妻を亡くし、途方にくれる夫。そんな夫を待ちうけるのは、はじめての独り暮らしだ。

眼科医の西田輝夫さんもそんな一人だった。同じく眼科医であった妻を亡くし、70歳にして初めて独り暮らしをすることに。突然はじまった「独り暮らし」という第2の人生。喪失感を乗り越え、淋しさと折り合いをつけて、男ひとりの暮らしを始めることになった。

そんな悪戦苦闘の日々を綴った本が、『70歳、はじめての男独り暮らし』(西田輝夫著、幻冬舎)だ。

がんで余命半年と宣告された妻は、残された数か月、西田さんに最低限の家事を特訓してくれたという。それでも、これまで医師として働きながら家事を完璧にこなし、さらには西田さんの書斎の整理や資料ファイリング、出かける際のファッションコーディネートまでやっていたという千手観音のような妻がいなくなることは、赤子が親を失うようなものだった。

なんとか「ゴミ屋敷にだけはしないように」と努めるのが精一杯(本書p.7)

という西田さんの言葉は、正直なところだろう。

世の夫にとって、“よくできた妻”の存在は理想かもしれないが、皮肉なことに最終的にはそれが逆効果となることもある。逆に妻としては、家事や夫の世話は手抜きしておくくらいが、あとに残される夫のためになる、とも言えるかもしれない。

■高齢男性、はじめての独り暮らしの心得とは

さて、本書で西田さんは、“古希を過ぎ妻に先立たれたオトコが残された人生を独りで愉しく生きていくため”(本書p.118)のコツを挙げる。今回は、その中から3つのポイントを紹介しておこう。

ひとりになったときに慌てないために、今のうちにできることもあわせて考えてみよう。

【心得その1】
失ったことを数えるな

西田さんは、ひとりになるとつい誰かに甘えたくなるものだが、「自立の気持ち」を持つことが大切だという。そして、自立するためには失ったことを数えてはいけないと説く。

“自立するためには、まず自分自身の心身の状態を客観的にとらえて、伴侶を失ったこと、体力を失ったことなどを明確に自覚することがその第一歩です。「若い時にはできたのにな」「妻がいたらな」などと失ったことを数えていては自立できません。”
(本書p.120より引用)

自立する上で、意識して実行したいと西田さんが教えるのが次の3つだ。

“1 自分自身の身の回りを整え、家事をこなして家の中を小綺麗に保つこと
2 できるだけ望まれた仕事に積極的に参加し、世の中との接点を豊富にして社会との関わりを持ち続けること
3 元気で働ける限り働いて生活費を確保し経済的にも自立すること“
(本書p.119より引用)

1については、妻が健在なうちから夫も家事を分担しておけば、ひとりになってもそう困らない。少なくとも、家の中を小綺麗に保つためにどれだけの家事があるのかくらいは知っておきたい。

ごみ捨てひとつとっても、家中のごみ箱からごみを集め、ごみ箱に次の袋をセットし、ごみをひとつにまとめてごみ収集所に持っていくまでが、ごみ捨てだ。台所ごみを集めたら、シンクのごみ受けや排水口だって掃除しないといけないのだ。妻がそれらをすべてやっているとわかれば、妻への感謝の気持ちも湧くというもの。妻に先立たれてから感謝しても遅いのだ。

妻も自分が病気で寝込んだり、介護が必要になったりしたときに、夫が何もできないと困るのは自分なのだ。自分のためにも夫に最低限の家事くらいは教えておきたい。

2、3の社会との関わりを持ち、働ける間は働くことの必要性については、東京大学高齢社会総合研究機構の秋山弘子氏もまったく同様のことを指摘されていた。それについては「定年後の男性が『第2の人生』を謳歌できる働き方のコツ4つ」記事でご紹介したので、ぜひご一読いただきたい。

【心得その2】
独りぼっちになるな

西田さんは、これまで交流の途絶えていた先妻との間のお子さんや、非常勤で診察する病院の医師やスタッフ、学生時代の友人たちなど、自分を気にかけてくれる人たちとの交流が支えになっているという。

妻が亡くなる前に「私がいなくなったあとはよろしく」と伝えておいてくれたというから、どこまでも“よくできた”奥さんだと感服するばかりだが、こうした生前のサポートはまずないと思っていた方がよい。

そして、今のうちにできるだけ多様な居場所と、幅広い年代の友人をつくっておきたい。

【心得その3】
緊急時に備えよ

西田さんには、独り暮らしをするなかで気がかりなことがある。それが、「火の不始末」「宅配便の受け取り」、そして「病気とケガ」だ。男女を問わず、独り暮らしの不安と不便はまさにここにある。

いくら健康管理を心がけていても、加齢とともに事故やケガのリスクは高くなる。西田さんも、室内で転倒し大ケガをした経験があり、医師であってもかなり慌てたようだ。自分で救急車を呼べればいいが、それもできない場合はどうしたらいいのか不安を抱いている独り暮らしの高齢者は、少なくない。

そういうときのために、ボタンを押せば受信センターに連絡できる「緊急時通報システム」や、一定時間動きがないとセンサーが察知して家族などに連絡のいく「見守りサービス」など、多様な安否確認サービスが存在する。今後さらに、IoTを利用したサービスは増えていくことが予想される。安心のお守り代わりに、こうしたサービスを利用するのもよいだろう。

また西田さんのように緊急入院することになったとき困るのが、入院に必要なものの準備だ。

“災害時と同じように次のようなものを入れた緊急入院用のカバンを用意しておかねばならないと痛感しました”(本書p.163)

持病のある人なら、なおさらだ。西田さんが挙げる緊急入院用のカバンの中身は次の9つ。

□ 下着
□ パジャマ
□ 健康保険証
□ 洗面道具一式
□ 当座の現金
□ 緊急連絡先を書いたカード
□ タオルとバスタオル
□ スリッパ
□ スマートフォンなどの充電器

緊急入院したあとに、家族や知り合いに頼んで、自宅から入院に必要なこまごましたものを持って来てもらうのは心苦しい。何がどこにあるかを知らせるだけでも大変だ。災害時持ち出し袋とともに用意して、できれば季節に合わせてパジャマなどは入れ替えておきたい。

*  *  *

以上、今回は西田輝夫さんの著書『70歳、はじめての男独り暮らし』から、はじめて独り暮らしする高齢男性がその後の人生を生き抜くための心得についてご紹介した。

超高齢化社会が進み、独居の高齢者はますます増加する。高齢者の夫婦二人暮らしや、家族と同居していても、日中はひとりという高齢者も多い。西田さんが挙げた、独り暮らしのコツは、独居の高齢者だけでなく、高齢夫婦のみの世帯や日中独居の高齢者にも共通するものだ。

不安や不便に対して自分なりの対処方法を考えながら、愉しみを見つけて暮らしていきたい。

【今日の1冊】
『70歳、はじめての男独り暮らし』
(西田輝夫著、本体1100円+税、幻冬舎)

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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