取材・文/坂口鈴香

人生100年時代――織田信長が「人間五十年」と謡ったように、第二次大戦後まで日本人の平均寿命がおよそ50歳だったことを考えれば、現代の私たちは2回分の人生を持っているようなもの。定年後は、文字通り「第2の人生」となるわけだ。

第2の人生を余生として過ごすにはあまりに長い。定年後も生涯現役でいたいと願うサライ世代は、けっして少なくないはずだ。そこで今回は、東京大学高齢社会総合研究機構 特任教授の秋山弘子氏に、生涯現役でいるために必要なことについてお話を伺った。

■定年後も生涯現役でいるために絶対必要なこと

日本全国の高齢者約6千人を30年以上にわたり追跡調査した結果、男性の場合は団体やグループへの参加が後年の健康度と関連しているというデータが出ています(※秋山弘子「長寿時代の科学と社会の構想」岩波書店『科学』2010)。しかも「身体能力」「認知能力」「社会的つながり」のうち、加齢とともに一番先に衰えるのが社会的つながりなのです。

退職すると、それまで仕事を通して構築してきた人的・社会的ネットワークはなくなってしまいます。その状態で地域に戻ったときに、肩書や名刺なしに新たなネットワークをつくるのは勇気のいることですが、定年後も生涯現役でいるためには、社会とのつながりを維持することが必要です。

といっても、退職後の男性からは「することがない、行くところがない、話す人がいない」という言葉をよく聞きます。そこで、私がもっともおすすめしたいのは「仕事」です。

仕事には責任感が伴います。頭も使うし、身体も使う。そして何より人とのつながりができます。これが健康を維持する一番の特効薬なのです。「仕事に行く」と言えば、奥さんも快く送り出してくれます。それほど大金にならなくても、お金が入れば好きなことに使えます。

一方、男性と違って、女性はもともと地域にネットワークを持っています。ところが夫が退職してずっと家にいると、逆に外に出にくくなってしまいます。夫が外に出れば、女性側の障害もなくなるのです。ですから世の奥様方は、ご主人が外に出るための情報を集めて、提示してあげるとよいです。

■定年後の「第2の人生」おすすめの仕事とは

私たちは千葉県柏市といっしょに、高齢者の就労の場をつくる取り組みを進めていますが、需要が高いのは「介護福祉」「保育や子育て支援」「農業」といった分野です。それまでホワイトカラーとして働いてきた人にとっては、未経験の分野には二の足を踏むかもしれません。

しかし、大切なのは「一歩、外に出る」こと。いったん外に出ると、さまざまな情報が入ってきます。すると、自分に向いた分野も開拓できるし、次のステップに移ることもできるのです。

ではどんな仕事を選べばよいのでしょうか?

退職後“丸腰”の一市民となると、どうふるまっていいのか戸惑う男性は少なくありません。そういった方が入りやすく人気もあるのが、「農業」です。

高齢男性にとっての農業の魅力は、無理に誰かと口をきかなくてもいいこと。他人にわずらわされずに、もくもくと作業に没頭することができます。さらに、休憩時間になると自然と会話のきっかけもつかめます。

「農業は重労働」とは限りません。農業には新しいテクノロジーも入ってきており、水耕栽培など、高齢者でも働きやすい軽作業の農業も生まれています。また経営面が苦手な農家も少なくなく、経理や販路開拓など現役時代のスキルやネットワークを生かして農業ビジネスのサポートをしているリタイア世代もいます。

■「第2の人生」働き方の4つのコツ

充実した「第2の人生」を送るため、退職後にあらためて働こうと思ったら、次の4つのことを心に留めてください。

(1)バランスを取る

ただ「働く」だけでなく、「学ぶ」「遊ぶ」「休む」をうまく組み合わせましょう。50代までは「働く」が中心。でも第2の人生は、現役時代に忙しくてできなかった「学ぶ」や「遊ぶ」にも時間を使えます。体力の落ちぐあいやお孫さんの世話や介護など家庭の事情も考えながら、うまく4つのバランスを取りましょう。

(2)働く形は柔軟に

リタイア世代は、身体機能や体力といった就労能力のバラつきが大きい世代。マラソンの後半戦のようなものです。加えて自由になる時間や経済状態も違います。それぞれの状態に合わせて、働ける範囲で働けば良いのです。

今後、テレワークや起業、ワーカーズコレクティブ、モザイク就労など、働き方はさらに多様で、柔軟になっていくでしょう。テレワークは、通勤しなくていいので高齢者に優しい働き方ですし、起業は経験が豊富で、ネットワークを持っているリタイア世代の成功率が高いというデータもあります。また、違う能力を持った人が複数人集まって働くモザイク就労も、高齢者の持つ能力を発揮できるでしょう。

(3)「もう働けない」と思わない

AIやロボットは、若い世代では脅威とも受け取られていますが、重いものを持つなど、高齢者が不足している能力をテクノロジーがサポートすることで、高齢者でも安全にできる仕事が増えていくと予想されます。

テクノロジーを使いこなせると、就労の可能性は高まります。だから、学ぶ機会をつくったり、スキルを磨いたりすることも心がけましょう。

(4)「人生二毛作」

リタイア世代におすすめしたいのは、「人生二毛作」ということ。第2の人生は、現役時代と同じ仕事をしなくていいし、副業をしてもいいのです。

少子高齢化が進み若年人口が減るなか、高齢者が働かないと日本経済は回っていきません。必然的に仕事の内容は変わり、高齢者ができる仕事は増えていくはずです。会社人生はそこで完結させて、人生の第二幕をスタートさせるのも楽しいのではないでしょうか。

談/秋山弘子 先生
イリノイ大学でPh.D(心理学)取得、米国の国立老化研究機構(National Institute on Aging) フェロー、ミシガン大学社会科学総合研究所研究教授、東京大学大学院人文社会系研究科教授(社会心理学)、東京大学ジェロントロジー寄附研究部門教授、日本学術会議副会長などを経て、2009年4月から現職。 専門=ジェロントロジー(老年学)。 高齢者の心身の健康や経済、人間関係の加齢に伴う変化を30年にわたる全国高齢者調査で追跡研究。近年は超高齢社会のニーズに対応するまちづくりや産官学民協働のリビングラボにも取り組む。超高齢社会におけるよりよい生のあり方を追求。

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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