文/酒寄美智子
鎌倉時代に吉田兼好によって書かれた『徒然草』には、さまざまな“人生の知恵”が記されていますが、“よい友”の作りかたについては、どう記されているのでしょうか。
2014年に94歳で亡くなった文筆家・清川妙さんの著書『兼好さんの遺言 徒然草が教えてくれるわたしたちの生きかた』(小学館)を紐解きつつ、兼好さんが考えた“よい友”の条件について耳を傾けてみましょう。
■1:「物をくれる友、医師、知恵のある友」
徒然草にはずばり〈持ってうれしい、ありがたい友〉が三つ挙げられていることは、よく知られています。
「よき友三つあり。
一つには物くるる友。
二つには医師(くすし)。
三つには知恵ある友。――――第百十七段」
ただし、この段について清川さんは「まっとう正面からの仕分けではなく、勝手気ままな、自己中心的な仕分け」(本書より)だ、と楽しそうに綴ります。「だからこそ、救いがある」(本書)とも。
「論語」や「老子」を読みこむほどの博識でありながら、けっして優等生ではないのが兼好さんの魅力。そして、作者の人間味や茶目っ気を感じながら味わうのが、80年にわたり徒然草を愛読してきたという清川さんの〈徒然草の読みかた〉なのです。
そんな清川さんも、本書の中で自らの交友関係の〈物くるる友〉〈医師〉〈知恵ある友〉を茶目っ気たっぷりに挙げています。
中でも印象深いのが、〈医師〉であり〈知恵ある友〉でもあるという主治医の先生のエピソード。90歳を超えた清川さんに「紀寿」という字を書いて示し、こんな言葉をかけてくれたのだそう。
「『百歳のお祝いのことを、この頃、紀寿という人もあるんです。一世紀、100年を生きた、ということです』
『エレガントな言葉ですね』と私が言うと、先生は微笑しておっしゃった。
『あなたも目指してくださいね』」(本書より)
年齢を重ねることを、こんなにもワクワクする気持ちにさせてくれるとは、なんという“よき友”でしょうか。
■2:「おなじような心をもっていて、いつまでも向かい合って話していたいと思う人」
理想の友についての兼好さんの言葉がもう一つ、本書で紹介されています。清川さんの訳文で見てみると……
「おなじ心であろう人と、しんみりとお話をして、人生についてのおもしろい話題や、世の無常についても、本音をぶっつけあって、心を慰めあうことができたら、どんなにたのしかろう」(本書より)
おなじ心であろう人とは、心をゆるしあえる真実の友。しかし兼好さんはこう続けます。
「でもそんな人など、いるわけがない」(本書より)
じつは、このくだりは徒然草の序盤、第十二段。第百七十段でふたたび<おなじ心の人>が出てきます。こちらは、誰かを訪ねるときのマナーの話の中で出てくる一節。清川さんの訳文で見てみましょう。
「おなじような心をもっていて、いつまでも向かい合って話していたいと思う人が、暇で『もうしばらくいてください。今日は静かにお話ししましょう』というような場合は例外で、長くいてもいいだろう」(本書より)
序段をふくめて二百四十四段からなる徒然草には、兼好さんが若いときに書いた文章もある、ともいわれています。清川さんはいいます。
「もしかしたら、最初に紹介した第十二段の兼好さんは、まだ年も若く、孤独で、友達も少なかったではないだろうか。そして、だんだんと歳を重ねるにつれて、心も練れ、友達もでき、恋もし、人柄に深さが添ってきて…」(本書より)
歴史に残る名著でも、読み込んでいくと、ふと作者の人間味が浮き上がってくることがあるもの。そんな味わい方ができれば、いにしえの人もなんだか身近な<友>のように感じます。
以上、清川妙さんの著書『兼好さんの遺言 徒然草が教えてくれたわたしたちの生きかた』を紐解きつつ、清川さんの案内で、兼好さんの“よき友”にまつわる二つの言葉をご紹介しました。原文や詳細はぜひ、本書で味わってみてください。
清川さん自身、兼好さんは「師ではなく、友」(本書より)だといいます。“よき友”は、本の中にもいるのです。
愛読する本の作者と友情をむすぶような読みかたができれば、人生はもっと楽しく深くなる。そんな気持ちにさせてくれる一冊です。
【参考図書】
『兼好さんの遺言 徒然草が教えてくれるわたしたちの生きかた』
(清川妙・著、本体1,300円+税、小学館)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09388183
文/酒寄美智子