文・写真/かくまつとむ

魚をさばく包丁というと、出刃包丁や柳刃包丁を思い浮かべる人が多いでしょう。出刃包丁は丈幅があって分厚く、3枚おろしから頭の骨のかぶと割りまで対応できる包丁です。柳刃包丁は骨から外した身をきれいな刺身にしていく薄くて長い包丁です。どちらも鮨屋などで見かける、伝統的な和包丁ですね。

ところが、ひとくちに魚用の包丁と言っても、日本にはじつにさまざまなタイプの包丁が存在します。鮨屋や日本料理店で使われている、ぴかぴかに磨き上げられた片刃のものが、魚包丁のスタンダードというわけではないのです。

いま日本料理店などで使われる出刃包丁と柳刃包丁は、ともに江戸時代に食の台所・大阪の堺で洗練され、その形が決まりました。そして堺の魚包丁は、外食文化の高まりを背景に圧倒的な人気を誇り、地方の鍛冶屋にも影響を与え、その形が全国に波及したのです。

しかし全国を見回せば、堺の包丁とは違うルーツを持つ変わり包丁が数多くあります。大きさも形状もいろいろです。今回はそんな全国の魚包丁から、一部を紹介していきます。

■1:青物包丁(千葉県御宿町)

千葉県の外房の町の鍛冶屋で買った青物包丁という名の包丁は、鰹や鯖のような背の青い魚(つまり紡錘形の魚)を3枚おろしにするのに適した包丁です。この形状の包丁は、少し前までは奄美地方から房総半島の海沿いの町で広く見ることができました。

堺生まれの出刃包丁は、どちらかといえばタイのような形をした、大きくても50㎝前後くらいの魚を想定したものといえるでしょう。それより長さのある魚を一息に切るには、出刃包丁ではやや長さが足りないのです。

■2:シビ割き包丁(和歌山県串本町)

次に紹介するのは、シビ割き包丁と呼ばれる大型の包丁です。シビはマグロの別名。購入した和歌山県南部ではマグロとしては小さめな1m前後のものをシビと呼び、シビ割きはこうした若マグロを3枚におろすための包丁だそうです。

厚みがある点は出刃包丁と同じですが、1ストロークである程度の長さをおろせるように刃渡りが長くなっています。支点と力点が離れているので力も必要で、そのためけが防止のヒルト(鍔)がついていました。

■3:干物包丁(三重県)

干物包丁と呼ばれるごく小さな出刃包丁は、三重県の東岸で購入しました。

港町には干物の加工所が必ずありますが、この包丁は日々入ってくる原料のなかでも、手のひらほどの小さなカワハギや小アジを開くための専用品です。

■4:イカ割き(青森県弘前市、新潟県佐渡島)

青森県弘前市と新潟県佐渡島では、「イカ割き」と命名されていた包丁を手に入れました。文字通りスルメイカを開くための刃物ですが、青森のほうはマキリとも呼ばれる海山兼用で使われているタイプで……、

青森のイカ割き

佐渡のほうはスリムな小出刃です。

佐渡のイカ割き

どちらもスルメイカの胴へ滑り込ませるのに頃合いの丈幅になっているのが特徴です。

*  *  *

以上、今回は日本各地の「魚をさばくための」変わり包丁を紹介しました。

日本人は魚食民族だと自負してきました。その文化的な層の厚さは、こうした庶民づかいの包丁の中にも垣間見ることができます。

しかし最近は作り手の鍛冶屋が激減し、こうした地方色あふれる魚包丁が堺型の出刃包丁に急速に置き換わっています。さみしい限りです。ぜひ一度でも、このような包丁を手にして、先人の知恵の結晶を使ってみていただきたいものです。

文・写真/かくまつとむ
かくまつとむ(鹿熊勤) 自然や余暇、一次産業、ものづくりなどの分野で取材を続けるライター。趣味は日本の刃物文化の調査、釣りと家庭菜園&酒。『サライ』には創刊号から参画。著書に『鍛冶屋の教え』(小学館)、『日本鍛冶紀行』(ワールドフォトプレス)、『糧は野に在り』(農山漁村文化協会)など。立教大学兼任講師。

 

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