取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆
■休日明けの朝の贅沢は自分で焼いたバターロール
平成26年後期のNHK連続テレビ小説『マッサン』。ニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝と妻・リタの生涯をドラマ化して人気となったが、当時、同社の社長を務めていたのが中川圭一さんである。
「ウイスキー需要は昭和58年をピークに25年間落ち続け、市場が5分の1になった。その後、若者らに定着したハイボールブームでやや上昇。さらに現在は、“マッサン効果〟で上昇基調にあり、最盛期の3分の1まで回復しています」と、昨年から常勤顧問に就いた中川さんの顔がほころぶ。
東京で生まれ、東京大学農学部を卒業。学生時代に読んだ一冊の本が、その後の人生を決めた。昭和47年に発行された、竹鶴政孝著『ウイスキーと私』である。
「創業者の真摯にウイスキーに向かい合う姿を知り、この会社ならと選んだんです。もうひとつお酒、特にウイスキーが好きだったこともあり、こちらが本当の志望理由かもしれません」(笑)
昭和54年に入社。竹鶴政孝はその年の8月に亡くなり、憧れの人に会うことは叶わなかったという。
■“パン酵母”を自ら研究
平成22年の社長就任まで、研究所所長、栃木工場長、仙台工場長と、一貫して技術畑を歩んできた。研究者時代には“パン酵母”の研究をしていた時期もある。もちろん酵母や乳酸菌を活用してウイスキーに甘い香りやフルーティな香りなどをつけるための研究だが、これが今も休日に焼く自家製パンに結びついた。
実験と料理は同じだという。
「実験も料理も最初に計画を立て、その段取り通りにやって失敗したら改善すべき点を探す。実験も料理も、その過程が面白いのです」
“技術屋”魂で、パンだけでなく蕎麦も打てばうどんも打つ。どれも経過変化が楽しめて、しかも実験と異なるのは、食べてすぐに結果がわかることだ。
社長時代の6年間は、休日はないに等しかった。スケジュールは夜から埋まり、毎晩のように会合があった。退いて1年、週末の夕食は自らが腕を振るう。魚1匹捌くのもローストビーフを作るのもお手の物だ。それより何より、休日明けの朝食に、自分で焼いたパンが登場するのが最高の贅沢だ。
「私の健康法は、仕事が終わった後に飲むウイスキー。時間がゆっくり流れ、精神的な疲労が癒される。この時間があるからこそ、明日また頑張れるのです」
ひと口にウイスキーといっても、その飲み方はさまざまである。嗜好品だから自分が好きな飲み方でいいとしながらも、
「ウイスキーはまず香りを楽しむお酒です。その香りがより引き立つのが、〝トゥワイスアップ〟という飲み方です」
トゥワイスアップは、ウイスキーに同量の天然水(常温)を注ぐだけ。アルコール度数は半分になり、ストレートの時にはなかった芳香がグラスから立ち昇るという。
ウイスキーに合う究極のつまみを求めて、牡蠣の燻製も手作りする。社長時代はこれを作る時間がなく、常備していたのが牡蠣のオイル漬けである。
社長になって1年で体重が8㎏増加。夜の会合に加えて、すべて車移動。運動不足だったのだ。ところが、社長の任をはずれて半年で3㎏減量。今は少し時間の余裕ができ、科学者の眼で〝オフ〟(プライベート)を遊ぶ。
※この記事は『サライ』本誌2017年5月号の「定番朝めし自慢 第365回」より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです(取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆)