取材・文/山内貴範
切手蒐集のジャンルの一つに、「消印集め」がある。消印とは、切手の再使用を防ぐために郵便局で押されるスタンプだ。消印が押された切手は、その時点で“使用済み”となる。
一般的なコレクターズアイテムは、未使用品のほうが高値で取引されることが多いが、切手には必ずしもその常識が当てはまらない。使用済みで、しかも封筒に貼られたまま残されたもののほうが、未使用の数十倍も価値があるという例が珍しくないのだ。
切手が貼られ、使われた封筒やはがきを“エンタイア”という。その切手が郵便局で発売されていた当時の消印が押されている封筒や、限られた地域で使われた珍しい消印が押されているエンタイアを集める蒐集家は多い。
通常使われる消印も、時代によってデザインが変化しているため、その変遷を楽しむ集め方もある。また、関東大震災の当日の消印が押された郵便物や、洞爺丸台風に遭遇した洞爺丸に積み込まれていた郵便物など、いわくつきのエンタイアも高値で取引されている。
「消印には日付や郵便局の名称など、様々な情報が含まれています。切手がどんな目的で使われたのかと想像するのも楽しみの一つです」と語るのは、日本で最初期に発行された“龍切手”のエンタイアを数多く所有している、日本屈指の切手蒐集家・手嶋康さん(79歳)である。
ところで昨今では、郵便を利用する機会が急激に減少しつつある。かつて郵便で行われていたやりとりが、インターネットのメールやLINEなどに替わってしまっているためだ。
さらに、自宅に届く郵便物にも切手が貼られていないことが少なくない。
「ダイレクトメールや企業からの郵便物は、郵便局であらかじめ料金をまとめて払う“料金別納郵便”で送られることが多いですからね。現代人は切手を使う機会も見る機会も少なくなっています。現代のエンタイアを集めるのは、意外に難しいといえるかもしれません」(手嶋さん)
日本郵便は今年の6月1日から、はがきの郵便料金を52円から62円に値上げすることを発表した。はがきを52円で送ることができた期間はわずか3年2ヶ月となり、非常に短命だった。
切手を貼り、鮮明な消印が押されたはがきを残しておくと、遠い未来に珍重されるかもしれない。
取材・文/山内貴範
昭和60年(1985)、秋田県羽後町出身のライター。「サライ」では旅行、建築、鉄道、仏像などの取材を担当。切手、古銭、機械式腕時計などの収集家でもある。