出版輸送株式会社会長の手嶋康さん(79歳)は、日本屈指の切手蒐集家だ。1万点をゆうに超えるコレクションには、現存日本最古の郵便物をはじめ、明治初期の郵便黎明期に発行された“龍切手”など、日本の郵便史を物語る蒐集家垂涎の品物が揃う。
手嶋さんが切手を集め始めたのは、戦後間もない昭和22年(1947)、小学生時代のこと。友達が集めていたことがきっかけだったそうだが、いつの間にか友達以上に没頭していたという。そして、ライフワークといえる“龍切手”の蒐集を本格的に始めたのは、昭和41年(1966)の結婚がきっかけだった。
そんな手嶋さんは、今は亡き奥さんへ感謝の思いを忘れたことがないという。
「旦那の趣味を奥さんが理解してくれないという話はよく聞きますが、僕の場合は妻が一番の理解者でした。これまでにフィラ日本、JAPEXなどの切手展で賞をいただきましたが、妻と一緒に会場へ足を運ぶことも多かったです」
まさに、それぞれの切手には、手嶋さん自身の思い出が刻まれているといえるだろう。手嶋さんが切手に費やした金額は家が何軒も建ってしまうほどだが、これほどのコレクションは、お金があるだけで作り上げられるほど簡単なものではない。
その切手にかける情熱の一端を、手嶋さんが作り上げた“龍切手の復元シート”を例に見てみよう。
龍切手の原版は、原画を参考に、1シートに収められた40枚分を1枚1枚手彫りで作成していた。40枚すべての図柄が微妙に異なるため、どの位置にあった切手であるか特定できる。
そこで、手嶋さんはオークションや切手商で1枚ずつ買い集めては元の位置に収めるという、気の遠くなる作業の末、ついに200文切手のシートを復元することができた。
「復元シートは他の龍切手でも作成を試みていますが、35年経っても完成しないシートもあります。お金があるからと言って闇雲に買い漁る蒐集家もいますが、それでは達成感が得られず、すぐに飽きてしまうでしょう。コツコツと根気強く集めることが大切だと思います」と、手嶋さんは蒐集の秘訣を語る。
切手一筋で収集を続けてきた手嶋さんのコレクションを拝見し、“継続は力なり”という言葉の重みが強く感じられた。
取材・文/山内貴範
昭和60年(1985)、秋田県羽後町出身のライター。「サライ」では旅行、建築、鉄道、仏像などの取材を担当。切手、古銭、機械式腕時計などの収集家でもある。