文/鈴木拓也

仏教美術は難しい……。

多くの方は、そう思っているのではないだろうか。

たしかに、より充実した鑑賞体験には、歴史、思想、技法、構図などの知識は必要。しかし、専門的な事柄を知らないからと敬遠するのは、ちょっともったいない。鑑賞のコツをふまえておくだけで、敷居はぐっと低くなるのだから。

そうしたコツを、仏像に焦点を絞って説いた書籍が刊行された。タイトルは、『東京藝大で学ぶ仏像の見かた』(小学館)。著者は、東京藝術大学の松田誠一郎教授で、「藝大で約30年つづく仏像講義を書籍化」したというから期待をそそる。全部で45万字を超える講義内容からエッセンスを抽出・再構成したそうだが、語り口は平易でわかりやすい。

今回は、その一部を紹介しよう。

平面的・装飾的な特色をもつ釈迦三尊像

本書の仏像解説は、法隆寺金堂の釈迦三尊像から始まる。飛鳥時代の623年の造立というから、日本に仏教がもたらされてから、そう経っていない頃の仏像となる。

造形は、「一光三尊像」と呼ばれる、1枚の蓮弁型の光背の中に3体の仏像が包み込まれる形式。光背の模様や像の足元から垂れる裾などが平面的かつ装飾的である点が、大きな特色という。

像の作者は、銘文から鞍作止利(くらつくりのとり)、通称止利仏師であることがわかっている。止利仏師は、中国や朝鮮半島の仏像を手本に本像を制作した。ここで本書は、ガンダーラやマトゥラーに始まる仏像の歴史に触れる。ガンダーラの仏像は、「1枚の着物を、首元まで詰めて体に巻き付ける形式」で、マトゥラーの場合は、「右の肩を露わにし、斜めに衲衣を体に巻き付ける形式」という相違点がある。双方とも、中央アジアを経由して中国と朝鮮半島へと伝わるが、そこで時代の流れとともに変容していく。6世紀になると、「体や顔に丸みが出てきたりと、より人体を意識した写実的な表現」が主流になる。松田教授はこれを、「新しいスタイル」と呼ぶ。

7世紀の日本には、新しいスタイルも古いスタイルも伝来していた。しかし、釈迦三尊像の正面観は、肉身の表現に乏しい古いスタイルが採用されている。

それは、なぜだろうか?

あえて古いスタイルに

松田教授はその理由として、仏教を受容し始めた頃の日本人の考え方を挙げる。

仏教が伝来する前の日本人は、自然崇拝に根差した神を信仰していた。神は、目に見えず、幸福をもたらすこともあれば、祟ることもある畏怖すべき存在であった。宗教的なものへの思想的バックボーンが自然神しかない状態で仏教が入ってきたとき、日本人は仏をも、「人を超えた聖なる存在」つまり神であるとみなした。

松田教授は、仏が仏像という姿で偶像化されていることに、「大きなカルチャーショックを受けた可能性があります」と指摘する。

止利仏師は、その「カルチャーショック」を和らげるため、あえて写実性を削いだ古いスタイルで釈迦三尊像を作った。対して、人の目に触れない背面のつくりは、新しいスタイルに近い。本書では、次のようにまとめられている。

止利仏師は、中国や朝鮮半島の仏像の型をよく学びながら、それを整理整頓して美しく再構成し、仏像は人間ではなく神であるという日本人の考え方を表現しました。釈迦三尊像を見ると、中国や朝鮮半島から伝わった仏教美術は、日本人としての選択の上で受容されていたということがわかるように思います。(本書42pより)

高僧の肖像彫刻がつくられた理由

日本で最古の肖像彫刻が収蔵されているのが、鑑真が開創した唐招提寺。鑑真の弟子たちがつくったとされる鑑真和上像である。

松田教授は、像を横から見て、「ずいぶん首が太くて胸も厚く、がっちりした感じがしますね」と表現する。鑑真は、寺院を造営・修理し、戒律を授ける儀式を行うなど、行動の人であった。それが像の体つきに反映されているのだとし、感想を次のように述べている。

この像を見ていると、優れた肖像彫刻にはその人の雰囲気や人となり、場合によっては思想を伝える力があることを改めて感じます。(本書140pより)

本書では、園城寺を開いた円珍の肖像彫刻にも言及があるが、高僧の肖像彫刻は、なぜつくられたのだろうか?

これには、古代中国の仏教界の風習がかかわっているという。かの国では死後、ミイラ化した高僧を「肉身像」として礼拝した。ミイラ化しなかった場合、遺灰と塑土を混ぜてつくる「遺灰像(ゆいかいぞう)」を礼拝の対象とすることがあった。日本には肉身像の風習が伝わっておらず、代わりに肖像彫刻として遺されたと考えられる。また、鑑真和上像の内部には白い砂が塗られているが、これは鑑真の遺灰という説がある。そうした知識をもとに鑑賞にのぞむと、また違った感慨をもつことだろう。

運慶の試行錯誤を読み取る

時代は下って鎌倉時代。当代の代表的な仏師といえば、運慶の名が挙がる。東大寺南大門の金剛力士像など数々の傑作で知られるが、松田教授が取り上げるのは、円成寺(えんじょうじ)の大日如来坐像だ。

素材はヒノキで、平安時代後期に確立した寄木造りの技法が、おおむね踏襲されている。智拳印を結び結跏趺坐している姿形だが、「左手の人差し指をきゅっと握りしめている右手の形がわたしはとくに好きです」と、松田教授は語る。

本像は、運慶が若かりし頃の初期の作品。弟子を使わず、ほぼ1人でつくったものと推定される。それだけに、挑戦的な試みがいくつかうかがえる。その1つが、像の傾き。近年の研究で、康慶(運慶の父)の工房で使われていた制作図面を、運慶も使っていたことがわかっている。

しかし運慶は、その図面どおりにつくるのでなく、上半身を4.1度後傾させている。その理由は「求心性」。松田教授は、運慶の作品の特徴として、「彫刻の形の中心になる位置を明瞭に定めて、そこに向かって形が収斂していくようなところ」があると指摘。円成寺の像だと、智拳印を結んだ腕と上半身との間にできる空間がそれにあたる。その空間を生むために、運慶は、試行錯誤しながらこの角度に定めたというから面白い。

* * *

本書を通読すると、歴史学や仏教学とはまた違った、藝大らしい視点の解説に新鮮味をおぼえる。仏像にちょっとでも興味があれば、ぜひ読んでほしい1冊だ。

【今日の教養を高める1冊】
『東京藝大で学ぶ仏像の見かた』

松田誠一郎著
定価2750円
小学館

文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。

 

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