藤原清輔朝臣(ふじわらのきよすけあそん)は、平安時代後期の歌人です。百人一首79番の藤原顕輔(ふじわらのあきすけ)の次男として生まれましたが、父が19歳の時の子であり、父からは愛されず親子関係は不和でした。

異母弟の重家・季経が公卿まで昇進する中、清輔は正四位下・太皇太后宮大進にとどまり、出世には恵まれませんでした。1144年に父・顕輔が崇徳上皇の命で『詞花和歌集』を編纂した際も、清輔は補助をしましたが意見は採用されず、彼の歌は一首も選ばれませんでした。

しかし清輔は博学で歌学に優れ、『奥義抄』『和歌一字抄』を著します。その後、歌会のやり方や有名歌人の逸話をまとめた歌の百科全書『袋草紙』を完成させ、王朝歌学の大成者と称されます。

二条天皇に深く信頼され『続詞花集』の編纂を任されましたが、完成前に天皇が崩御したため勅撰集にはなりませんでした。それでも中年以降は評価が高まり、藤原俊成と並び称され、九条兼実からは紀貫之・藤原公任に並ぶ歌才と激賞されました。

藤原清輔朝臣『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)

藤原清輔朝臣の百人一首「ながらへば~」の全文と現代語訳

ながらへば またこのごろや しのばれむ  憂しと見し世ぞ 今は恋しき

【現代語訳】
もしこの先も長く生き長らえていたならば、つらいと思っている今のことも、懐かしく思い出されるのだろうか。(かつては「つらい」と思っていた昔の日々が、今となっては恋しく思い出されるのだから)

『小倉百人一首』84番、『新古今和歌集』1843番に収められています。

この歌の巧みなところは、「ながらへば」(生き長らえれば)という仮定を使っている点です。「今はこんなに昇進も遅れてつらい。でも、もっと長生きしたら、このどん底の今すらあの頃は若かったな、なんて笑って話せる日が来るのだろうか」、そう自分に問いかけています。

その根拠として、下の句で「憂しと見し世ぞ 今は恋しき」(昔つらいと思っていたあの頃が、今は恋しいのだから)と、過去の実体験を挙げているのです。

これは単なる諦めではなく、「生きていれば、視点は変わる」という希望の歌なのですね。人生経験豊富な皆様なら、この感覚、痛いほど共感できるのではないでしょうか?

藤原清輔朝臣『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)

藤原清輔朝臣が詠んだ有名な和歌は? 

歌学に優れていた藤原清輔朝臣が詠んだ他の歌を紹介します。

君来ずは 独りや寝なむ 笹の葉の み山もそよに さやぐ霜夜を

【現代語訳】
あなたが来ないならば、私は独りで寝ることになるだろう。笹の葉が深山にさやさやとそよぐ、こんな寒い霜夜を。

『新古今和歌集』616番に収められています。この歌は、崇徳院の時代に百首歌として奉ったもの。「来ない人を待つ」心情を直接嘆くのではなく、深山の笹の葉の音と霜夜の冷えに託して、孤独を「耳と肌」で感じさせます。

「み山もそよに」の「そよ」は、風が吹いて笹の葉が触れ合うかすかな音を表しています。「カサッ」という小さな音がすると、「あの人が来たかもしれない」と期待する。しかし、それはただの笹の葉の音だった…。その瞬間に感じる落胆が、この「そよ」という音に凝縮されています。

そして、ただの冬の夜ではなく、「霜夜」です。霜が降りるほどの底冷えする夜。

その冷たさが、「独りや寝なむ」(一人で寝るのだろうか)という身を切るような孤独感とリンクしています。

藤原清輔朝臣、ゆかりの地

清輔の具体的な居住地や活動拠点について、確実な史料は多くありません。しかし、平安時代後期の歌人として京の都で活動していたことは間違いなく、当時の貴族たちが集った場所には清輔の姿もあったことでしょう。

京都御所周辺

平安貴族の中心地であった御所周辺は、清輔が日々暮らし、歌会に参加していた地域です。現在の京都御苑を歩けば、清輔が見た平安の空と同じ空が広がっています。

最後に

年齢を重ねた世代は清輔と同じように人生の酸いも甘いも経験してきました。若い頃には「辛い」と感じた出来事も、今となっては「あの経験があったから今がある」と思えることが多いのではないでしょうか。そう思えることこそが、長く生きてきた人間の特権であり、勲章なのです。

※表記の年代と出来事には、諸説あります。

引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『全文全訳古語辞典』(小学館)
『原色小倉百人一首』(文英堂)

アイキャッチ画像/『百人一首かるた』(提供:嵯峨嵐山文華館)

●執筆/武田さゆり

武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。

●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com

●協力/嵯峨嵐山文華館

百人一首が生まれた小倉山を背にし、古来景勝地であった嵯峨嵐山に立地するミュージアム。百人一首の歴史を学べる常設展と、年に4回、日本画を中心にした企画展を開催しています。120畳の広々とした畳ギャラリーから眺める、大堰川に臨む景色はまさに日本画の世界のようです。
HP:https://www.samac.jp

 

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