はじめに-蜂須賀正勝とはどのような人物だったのか

2026年NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』にも登場する蜂須賀正勝(はちすか・まさかつ、演:高橋努)は、豊臣秀吉(演:池松壮亮)の腹心として知られ、阿波国18万石の大名となった嫡子・蜂須賀家政の父でもあります。しかし、彼自身もまた、戦国の川筋(かわすじ)に生き、斎藤道三(演:麿赤兒)や織田信長(演:小栗旬)に仕えたのち、木下藤吉郎(のちの秀吉)と運命を共にした武将です。

墨俣砦築城や高松城水攻めなど、歴史に残る戦いに名を連ねた正勝の生涯を、史実に基づいてひもときます。

『豊臣兄弟!』では、たびたび主君を代えた末、誰の下にもつかないと決意した男として描かれます。

蜂須賀正勝
蜂須賀正勝

蜂須賀正勝が生きた時代

蜂須賀正勝が生まれたのは大永6年(1526)、群雄割拠の戦国時代。尾張国海東郡蜂須賀村(現在の愛知県あま市)に生まれ、木曽川水系をおさえる川並衆の蜂須賀党を率いる一族に育ちました。

正勝が活躍したのは、まさに織田信長の台頭から、豊臣秀吉による天下統一へと至る激動の時代。軍事だけでなく、城づくり・外交・統治に長けた正勝は、川並衆の機動力を背景に、さまざまな戦で重責を担いました。

蜂須賀正勝の生涯と主な出来事

蜂須賀正勝は大永6年(1526)に生まれ、天正14年(1586)に没しました。その生涯を、出来事とともに紐解いていきましょう。

美濃・尾張の群雄に仕えた若き蜂須賀党の頭領

正勝は若き頃、斎藤道三の被官として美濃で活動したのち、岩倉城主の織田信賢や犬山城主の織田信清といった尾張の有力者にも仕えました。やがて信長の清洲織田家が台頭すると、桶狭間の戦い(1560)で織田信長に従い、功を挙げます。

この頃の蜂須賀氏は「川並衆」と呼ばれる川筋の土豪集団で、河川を使った兵站・輸送・奇襲に長けていました。正勝はこの特性を生かしつつ、織田家中で存在感を高めていきます。

織田信長
織田信長

秀吉との出会いと「墨俣築城」

永禄7年(1564)頃、正勝は木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)に従うようになります。中でも有名なのが、永禄9年(1566)の「墨俣一夜城」伝説です。信長の命を受けた秀吉が、わずか一夜で砦を築いたとされるこの奇襲作戦に、正勝は協力し、築城成功に貢献。

これがきっかけとなり、以後は秀吉の腹心として、多くの戦場を共にすることになります。

元亀元年(1570)には越前金ヶ崎城から撤退の際、殿軍をつとめる秀吉を助け、奮戦。その後、天正9年(1581)には播州龍野(現在の兵庫県龍野市)5万3千石の大名となりますが、領国経営は子の家政に任せ、正勝自身は大坂の秀吉に従いました。

豊臣秀吉

石垣奉行から水攻め奉行まで、築城の名手として

正勝は戦巧者としてだけでなく、築城のスペシャリストとしても知られています。天正4年(1576)には安土城の本丸石垣工事を担当。天正10年(1582)の備中高松城攻めでは、敵を水没させる「水攻め」のための築堤の惣奉行を務めるなど、秀吉の戦略を形にする現場指揮官として重要な役割を果たしました。

史蹟 高松城阯附水攻築堤阯

この高松城開城の直後に起きたのが「本能寺の変」です。織田信長が明智光秀に討たれた報せを聞き、正勝らと共に秀吉は即座に引き返し、中国大返しで明智光秀を討つ決戦「山崎の戦い」へと突入します。

秀吉政権の中枢で築城、外交、内政の三役を務める

山崎の戦い後も、正勝は賤ヶ岳の戦い(1583)では秀吉軍の一翼を担い、小牧・長久手の戦い(1584)では大坂城在番を務め、根来・雑賀一揆や四国征伐にも参戦。高齢をおしてもなお戦場に立ち続けました。

特に天正13年(1585)の四国征伐では、嫡子・蜂須賀家政とともに出陣し、一宮(いちのみや)城や脇(わき)城の攻略に貢献。その功績により、阿波(現在の徳島県)一国18万石を与えられます。しかし、正勝はまたしても「秀吉のもとを離れたくない」という理由でこれを辞退。家政がその地を受け継ぐこととなりました。

最期と、徳島へとつながる系譜

秀吉政権の要として重用された正勝ですが、四国征伐からの帰還後に病を得て、天正14年(1586)5月2日、大坂玉造の邸宅で息を引き取ります。享年61歳でした。その死後、家政は正勝の菩提を弔うため、阿波・徳島城内に「福聚寺」を建立しました。

その後、蜂須賀家は、阿波18万石の外様大名として江戸時代を通じて続くことになります。その礎を築いたのが、まさに正勝でした。

まとめ

蜂須賀正勝は、戦乱の時代を生き抜いた武辺者でありながら、秀吉を支え続けた有能な実務官僚でもありました。築城術・軍事・外交に通じ、秀吉の出世と共に己の立場を高めつつも、決して野心に走らず、最期まで忠義を貫いたその姿は、戦国武将の中でも稀有な存在だといえるでしょう。

※表記の年代と出来事には、諸説あります。

文/菅原喜子(京都メディアライン)
肖像画/もぱ(京都メディアライン)
HP:http://kyotomedialine.com FB

引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『世界大百科事典』(平凡社)
『日本人名大辞典』(講談社)
『国史大辞典』(吉川弘文館)

 

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