勝どきをあげる小一郎(右/演・仲野太賀)と藤吉郎(左/演・池松壮亮)。(C)NHK

編集者A(以下A):これまで大河ドラマで桶狭間の戦いを描いた作品は、おそらく14作あります。「おそらく」というのは、1969年の『天と地と』で桶狭間の戦いが描かれたのか、確認できなかったからです。『天と地と』は石坂浩二さん演じる上杉謙信を主人公に、高橋幸治さんが演じた武田信玄との興亡がメインテーマ。当時24歳の杉良太郎さんが織田信長を、今川義元は根上淳さんが演じていますから、おそらく桶狭間も描かれたのではないかと思うのですが、確認できませんでした。蛇足ですが、根上さんが『帰ってきたウルトラマン』でMAT隊長を演じたのは『天と地と』の2年後になります。

ライターI(以下I):では、『豊臣兄弟!』でおそらく15作目の「桶狭間」になるわけですね。藤吉郎秀吉(演・池松壮亮)の弟小一郎(演・仲野太賀)が桶狭間に出陣するのは『豊臣兄弟!』が初めての作品になります。ですから、「小一郎の桶狭間デビュー」という記念となる作品になります。

A:大河ドラマ史上最初の「桶狭間の戦い」は1965年の『太閤記』。昨年の『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』でチーフ演出を務めた大原拓さんの父で黎明期から大河ドラマにかかわった大原誠さんの著書『NHK大河ドラマの歳月』(日本放送協会出版/昭和60年刊)には「第一回の大規模ロケは、栃木県の塩原で、桶狭間の合戦を中心に十日間行われています。このロケの目玉はヘリコプター。テレビドラマ史上初の、ヘリコプターからの空中撮影が行われたのです」と記述されています。

I:凄い! テレビドラマ史上初のヘリコプターからの空撮だったんですね。いったいどんな映像だったのでしょう。当時の映像が残されていないのが本当に残念ですね。

A:映像がないのは『太閤記』と『天と地と』(『天と地と』は川中島合戦の映像回が残っている)だけで、そのほかの「桶狭間」はNHKオンデマンドで視聴可能です(『国盗り物語』は総集編)。なんだかすごい時代になっていますね。『豊臣兄弟!』の桶狭間の戦い放送回を機にひととおり視聴してみたのですが、「大河ドラマは壮大なるエンターテインメント」だということを再確認しました。大河ドラマの「桶狭間」で踏襲されている「コンセプト」は「狙うは義元の首ただひとつ」ということになるようです。これは各作品ほぼ同じです。

勝利の余韻に浸る信長(演・小栗旬)。(C)NHK

「情報」を重視する信長

I:『豊臣兄弟!』の桶狭間の戦いでは、丸根砦を守備する佐久間盛重(演・金井浩人)が、敗色濃厚ということで、今川方に降伏をして城を明け渡し、今川方に取り立ててもらおうという考えを簗田政綱(演・金子岳憲)に告げていました。その結果、簗田政綱に殺害され、首を敵方に渡されるという展開でした。

A:下剋上の世ですし、武士道などもない時代ですから、あるいはそんなこともあったのかもしれませんが、ショッキングな描写でした。桶狭間の戦いを描いた過去の大河ドラマでは、佐久間盛重(あるいは佐久間大学)は、おしなべて丸根砦で討ち死にしたということになっていましたからね。中でも、尺をとってその善戦ぶりが描かれたのが1992年の『信長 KING OF ZIPANGU』。この作品で、郷ひろみさん演じる松平元康(後の徳川家康)の猛攻を、丸根砦で必死に防戦する佐久間盛重(演・本郷功次郎)が描かれました。

I:『信長 KING OF ZIPANGU』は信長が主人公ということもあり、桶狭間の戦いは2週にわたって展開されたんですよね。

A:はい。そのため、丸根砦の戦いにも尺がしっかりとられたわけです。

I:『豊臣兄弟!』では、佐久間盛重を殺害して首を今川方に差し出したことで、義元の居場所を掴めたということが、簗田政綱の功績になりました。合戦後、信長(演・小栗旬)から直々に褒められるという栄に浴します。

A:かなり尖った展開になりましたが、なかなかおもしろい解釈ですね。司馬遼太郎氏の小説『国盗り物語』には「そのとき、信長の生涯と日本史を一変せしめた偵察報告がとどいた」という一節があり、簗田政綱が義元の居場所を報告したことが日本史を一変させた情報だと綴っています。そのネタ元のひとつと思われる『備前老人物語』には「今川義元と戦の時、簗田出羽守よき一言を申し、信長公大利を得給い、その場にて沓掛村三千貫の地を賜う」と記されています。同書は新井白石が生前に自ら写しを取っていたことで、新井白石が亡くなった1725年までには成立していたと思われる聞き書きです。

I:『豊臣兄弟!』第1回でも、信長の暗殺計画を事前に察知したために手柄とされた丹羽兵蔵の件もあり、信長がいかに「情報」を重視したかがわかる場面になりました。

A:簗田政綱が佐久間盛重を殺害したというくだりは、変化球といえば変化球なのですが、「大河ドラマの簗田政綱」最大の変化球はといえば、1988年の『武田信玄』ではないでしょうか。この時は、ベテラン俳優の河原崎建三さんが演じました。西田敏行さん演じる山本勘助と談合して、今川義元(演・中村勘九郎=当時/のちの十八代中村勘三郎)が桶狭間に向かうように工作したのです。作品によって異なる設定というのも楽しいですね。

I:私は、城戸小左衛門(演・加治将樹)を合戦のどさくさに紛れて、亡き者にしようという発想も、戦国時代ならあったのかも、と思いました。簗田政綱が佐久間盛重の首を差し出すということも、ちょっとドキドキしました。

A:佐久間盛重と簗田政綱のエピソードは、そんなこともあったかもというギリギリのところを攻めてきている感じがしました。ただ、藤吉郎と小一郎、そして信長の上昇していく軌跡だけでも十分面白い展開になると思うので、あらゆるエピソードを変化球にする必要があるだろうか、直球と変化球をうまく織り交ぜてほしいと思ったりもしています。

「桶狭間」と大河ドラマの主人公

手柄を横取りしなかった兄弟。(C)NHK

I:これまでの大河ドラマでは、「桶狭間の戦い」の際に主人公が目立つことがありました。『利家とまつ』では、桶狭間の「一番槍」的な役割を前田利家(演・唐沢寿明)が担い、合戦後に、大将首を差し出して、信長(演・反町隆史)に目通りする場面が印象に残っています。

A:前田利家が桶狭間に参戦して、首を獲ったのは史実です。当時、出仕停止中の身で、帰参を望んで、手柄を狙ったのですが、信長の「狙うは義元の首だけ」という方針のもとではほかの大将首はどうでもいいという感じでした。

I:『豊臣兄弟!』の小一郎らが持って行った「首」の扱いに似ていますね。

A:山内一豊の正室千代(演・仲間由紀恵)が主人公だった『功名が辻』では、第1回が桶狭間の戦いでしたが、義元(演・江守徹)が討たれた後に、山内一豊(演・上川隆也)が信長(演・舘ひろし)の前に出でて、「最初は父の仇である信長を殺そうと思っていた」とやり取りする場面が描かれました。『麒麟がくる』でも、桶狭間の戦いに勝利した信長(演・染谷将太)を明智光秀(演・長谷川博己)が凱旋途上で待ち受けるというシーンがありました。

A:「桶狭間」の際に、信長とのやり取りを通じて主人公がフューチャーされるのは「お約束」ということですね。そういう理解でいうと、『豊臣兄弟!』で、小一郎が信長の面前に伺候してやり取りを交わすというのは自然な流れというか、大河の王道ということになりますね。

I:はい。そして、前述のように、「狙うは義元の首だけ」という方針のもとでは、ほかの首はどうでもいい、というのも王道ですね。

A:ちなみにその場にいた茶坊主の林阿弥(演・加治屋章介)は、いまもある長福寺(愛知県名古屋市緑区桶狭間)ゆかりの人物のようです。今回の放送で、桶狭間古戦場にまた行ってみたくなりましたので、詳細は改めてにしたいと思います。

気になる新たな家康像

金陀美具足の松平元康(演・松下洸平)。(C)NHK

I:さて、今週も金溜塗の「金陀美具足」をまとった松平元康(演・松下洸平)が登場しました。

A:「金陀美具足」は、2023年の『どうする家康』で松本潤さんが着用していたことを前週に言及しましたが、大河ドラマの初出は、『おんな城主 直虎』(2017年)の家康(演・阿部サダヲ)になります。2017年、2023年、2026年の登場ですから、すっかり定着したのではないでしょうか。

I:大河ドラマの「金陀美具足」の系譜が阿部サダヲさん、松本潤さん、松下洸平さんとなるのですね。家康が、藤吉郎と小一郎、そしてあさひ(演・倉沢杏菜)とどういう絡み方をしてくるのか気になりますね。新たな「家康像」が提示されるのかどうか、なんか楽しみだなと思いながら、松平元康を眺めていました。さて、藤吉郎と小一郎兄弟の仲のよいやり取りを見たからなのか、信長が弟信勝(演・中沢元紀)を殺害したことがフラッシュバックで映し出されました。

A:この時代、親、兄弟と反目し合うのは珍しくありません。『完本 信長全史』(小学館)の受け売りですが、武田信玄は父の信虎を駿河に追放し、桶狭間の合戦の後には、今川義元の娘を娶っていた嫡男義信の反対を押し切って駿河を攻めて、最終的に義信を自害に追い込みます。今川義元も家督を継承する際には、庶兄の玄広恵探(げんこうえたん)を擁する家臣らとの合戦を経ていました。また、後年、奥州の伊達家でも伊達政宗が弟の小次郎を殺害するという事件がありました。

I:身分が異なるとはいえ、兄弟仲の良い、藤吉郎、小一郎の姿をみて信長も感じることがあったのでしょう。

A:その信長が藤吉郎に対して、「秀吉」の名を与え、小一郎を側近にしようとします。

I:私は、この場面を見て、今まで一度も考えたことすらなかったのですが、「秀吉」という名はいったいどんな由来なのだろうって思っちゃいました。

A:なるほど。確かにいままで考えたことなかったですね。

I:信長の父信秀の「秀」が由来なんですかね? いや、そんなことないか。でも丹羽長秀とか林秀貞とか織田家中は「秀」のつく人が多いですよね。

A:そんなこといったら、秀吉の「吉」の字は、信長の幼名「吉法師」の「吉」ってことになりませんか?

I:ああ、なるほど。『豊臣兄弟!』の話題は尽きませんね。いろんなところで、あーでもない、こーでもないって、議論の花が咲いたら楽しいですね。

まさかの勝利に信長の才覚を改めて実感する小一郎と素直に喜ぶ藤吉郎。(C)NHK

●編集者A:書籍編集者。かつて編集した『完本 信長全史』(「ビジュアル版逆説の日本史」)を編集した際に、信長関連の史跡を徹底取材。本業では、11月10日刊行の『後世に伝えたい歴史と文化 鶴岡八幡宮宮司の鎌倉案内』を担当。

●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好き。愛知県出身なので『豊臣兄弟!』を楽しみにしている。神職資格を持っている。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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