文/印南敦史

写真はイメージです。

サライ世代であれば、アグネス・チャンという名を聞いただけで子ども時代の記憶が蘇ってくるのではないだろうか? かくいう私もそのひとりだ。小学生のころにテレビやラジオで頻繁に流れていた「ひなげしの花」のインパクトは、いまでも強く記憶に残っている。

だからこそ、『70歳、ひなげしはなぜ枯れない』(アグネス・チャン 著、ワニブックス)というタイトルを目にしたときには、時の流れを感じずにはいられなかったのだ。そうか、アグネスも70歳なのか、と。

しかしご本人は、自分のことを「未完成」だと感じているのだという。

まだ学びたいことがあり、恩返ししたい人もたくさんいる。
まだまだ未熟な自分に焦ることさえあるのです。
まるで枯れることを忘れたひなげしのように、私は今も背伸びをして、遠くの景色を見ようとしています。
次に何が起こるのか、わくわくして仕方がない――。(本書「はじめに」より)

これもまた、共感できることのひとつだ。私はもう少し年下だが、それでも年齢を感じずにはいられないことはある。しかし同じように、「自分はまだまだだ」とつねに感じているからだ。

アグネスは歳を重ねた結果、「ちゃんとやろう」「完璧にやろう」などと思う必要はないとはっきりと思うようになったそうだ。

若いころは、「もっと上手にできるようになってから」「万全な準備が整ってから」と自分にブレーキをかけていたものの、いまは「まずはやってみよう」「小さくてもいいから、とりあえず形にしてみよう」と思うようになったというのだ。

なぜなら――時間には限りがあるからです。
完璧を目指しているうちに、日々はどんどん過ぎていく。
そもそも完璧になってしまったら、もう次がなくなってしまう。
だったら、まずは「小さな完了」を目指してみる。そしてそこから、少しずつ良くしていけばいい。それで十分だと思っています。
そのためには悩んでいないでまずは一歩を踏み出してみる。(本書9〜10ページより)

たしかに年齢を重ねてからでも、つい慎重になってしまうことはあるものだ。けれども、やりたいことがあるのなら、やってみればいいのだ。

もちろん若い人たちにも伝えるべきことだろうが、私たちの年代にとってはなおさら大切なことかもしれない。

若い人たちには「悩んでいる時間」があるけれど、私たちには止まっている時間など、もうあまり残されていないからだ。などというと悲観的な気分になってしまうかもしれないが、そうではない。

「やるか、やらないか」という決断を迫られたのなら、「やっちゃったほうがいい」というシンプルな発想だ。そんなフットワークの軽さが、残りの人生をよりよいものにしてくれるのである。

もし、「いつかゆっくり旅に出たい」と思いながら、なかなか実行できないのであれば、まずは近くの温泉に一泊するだけでも、日帰りのバス旅行に参加するだけでも十分だと思います。
まずは思い切って実行してみましょう。(中略)
すべてが完璧に整ってからじゃなくていい。少しでも動いてみること。実際に小さくても「完了すること」に意味があるのです。(本書11〜12ページより)

動きたいのに、なかなか実行に移せない――。

そんな状態にあるとき、知り合いの誰かが先にそれを実行してしまったとしたら、さらに焦ってしまうかもしれない。しかし、人とくらべる必要などまったくないのだとアグネスは述べている。老いの速度は、人によって違っても当然だからだ。

たとえば10歳年上の人が老いていく姿を見て、「私も将来こうなるのか」とがっかりすることがあるかもしれない。逆に、10歳年上なのに自分より若く見え、落ち込んでしまうこともあるかもしれない。

だが、そうやって落ち込んだり悩んだりする必要はないのだ。「それぞれの人生が、それぞれの『老い方』をつくる」のだから。

その人の生き方が、そのまま見た目に現れてくるのが「老い」なんだと思います。美しさにも若さにも、共通の基準なんてないんです。
昨日より少し元気に歩けたとか、病院での数値が良かったとか、それだけで十分。
比べるなら他人ではなく、昨日の自分と。
それが一番正直で、健やかなあり方だと思います。(本書29ページより)

文体はやわらかだが、これはなかなか鋭い指摘だ。もし「見た目が老け込んだな」と感じたなら、それは自分の生き方の責任だということなのだから。

たしかにおっしゃるとおり。加齢とともに気弱になってしまうものではあるが、意地でも“かっこいい生き方”を貫きたいものである。

『70歳、ひなげしはなぜ枯れない』
アグネス・チャン 著
1760円
ワニブックス

文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』(PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。

 

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