文/印南敦史
『71歳、74歳夫と97歳義母と大人だけで楽しく暮らす』(もののはずみ 著、ワニブックス)の著者は、71歳の専業主婦。タイトルからもわかるように、97歳の義母、74歳の夫、46歳の息子と4人で暮らしているのだという。しかも、動画配信をしている小学生の孫の影響を受け、3年前からYouTubeも始めたのだそうだ。
ユーチューブでは、おもに私の日常を配信しています。私はふだん、食事の支度や掃除など、家の仕事を一手に担っています。義母のかかりつけ医の往診や病院のつき添い、ケアマネージャーとのやり取りなど、そのときどきで必要なら一緒にいるようにしています。夫とはDIYでものづくりをしたり、ふたりで楽しめる運動に挑戦したり。息子は仕事が忙しく、たまの休日に一緒に食事をするのが楽しみです。(本書「はじめに」より)
つまり本書では、そうした自身の日常をベースとして、“家族で楽しく暮らすちょっとしたコツ”を紹介しているわけである。
とはいえ実質的には老老介護でもあるだけに、決して楽しいことばかりではないに違いない。にもかかわらず著者は、なぜ前向きに“大人だけの暮らし”を楽しむことができるのだろう?
どうやらそこには、著者のいう“大人暮らしのルール”が関係しているようだ。
1:始める意味を考えない
何かを始めるときに、「なんの意味があるの?」「失敗したらどうしよう?」なんて、あまり考えません。人から見たらくだらないことかもしれませんが、「やってみたい!」という自分の気持ちを大事にします。(本書23ページより)
たとえば、上記のYouTubeがそれにあたるようだ。もちろん年齢を重ねていけばできないことも増えていくだろうが、そのぶん、なにかを成し遂げ、「私にもできた!」と感じたときの喜びはひとしおだという。
2:「できばえ」は気にしない
新しいことを始めるときは、身近なものを使って、無理のない範囲でチャレンジするようにしています。行動に移すことが大事で、成功するかどうかは二の次。自分が「やりたいことをする」のが目的で、それが叶えば満足なのです。(本書24ページより)
なにをするにしても、他人を意識しすぎると「できばえ」が必要以上に気になってしまうもの。しかし「やりたいこと」に純粋に熱中していれば、成果はオマケのようなものでしかなくなるということ。やっている間はワクワクし、充実した時間を過ごせるはずで、それこそが大切なのである。
3:好奇心に従う
年を重ねると、自分のスタイルができ上がってきます。家事のやり方もファッションも自分なりの正解を見つけて、ラクなのですが、それだとちょっとつまらない。(中略)好奇心の赴くままに行動すると、「もう年だから」「年がいもなく」などという考えが薄れ、純粋に目の前のものに夢中になれます。(本書27ページより)
「はじめて」は、わからないからおもしろいのだと著者。「はじめて」だからこそ発見も多く、新鮮な気持ちになれるわけだ。しかもそうすれば考え方が柔軟になり、「こうしなければ」から解放されて自由な気持ちにもなれるだろう。
4:暮らしに小さな変化を
まだ子どもが幼かったころは、なにかにつけて家族が集まり、お祝いごとなどをしていたのではないだろうか? だが子どもが成長してしまうと、そういう機会は減る。大人世帯は毎日同じことの繰り返しで、暮らしが単調になりがちだ。
そこで、自分からイベントを祝うようにしました。飾りつけやパーティ料理を工夫するのは楽しく、義母や夫も「今日はなんの日だっけ!?」と喜んでくれます。献立や食卓に変化がついて、マンネリ化も防げます。(本書29ページより)
当然ながら、季節感も暮らしに変化をもたらしてくれる。家庭菜園を楽しんでもいいだろうし、衣類や寝具の入れ替えさえ気分転換になるはずだ。そういう小さなことが、暮らしにほどよいリズム感を与えてくれるのだ。
5:先の不安を考えすぎない
43歳のとき、それまで切り盛りしていた店を閉めて専業主婦に専念するようになった著者は最初、なにをやってもつまらなく、いいようのない虚しさに襲われたのだという。だが、やがて「悩んでいても仕方がない」と開きなおることができようになったのだそうだ。
母を幼くして亡くした私には、「悔いなく生きたい!」という思いがあります。70代になり将来のことをもっと真剣に考えなくてはならないのでしょうが、先のことってわからない。
わからないことをあれこれ心配するより、今を楽しく生きよう! そう思えば、余計なことを考えずにすんで、案外気楽に暮らせます。(本書31ページより)
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年を重ね、ましてや介護の問題なども絡んでくれば、知らず知らずのうちに気持ちは後ろ向きになっていくかもしれない。だが本書に込められた著者のメッセージを確認してみれば、どんな状況でも楽しく前向きに生きられるということが実感できるはずだ。
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)『書評の仕事』 (ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。