文/印南敦史
「よい歳のとり方」とはどういう状態を指すのか?
もしそう問われたとしたら、「病気がないこと」「身体が自由に動くこと」「記憶力が低下しないこと」「ボケないこと」などと答えるのではないだろうか。どれも加齢と関係したものなのだから、まったく不思議ではない。
だが心理学者である『老いを楽しむ心理学』(内藤誼人 著、ワニブックス)の著者は、「その考えは誤りですので、いますぐに改めてください」と断言するのだ。
米国カリフォルニア州にある研究機関ヒューマン・ポピュレーション・ラボラトリーのウィリアム・ストローブリッジは、65〜99歳の867名に、持病がないことや認知症にならないことなど客観的な基準で「よい歳のとり方」を判断してもらうと、わずか18.8%しか「自分はよい歳のとり方をしていない」と回答しました。
一方、主観的な基準で「よい歳のとり方をしているとご自身で思いますか?」と質問すると、50%の人たちは「自分はよい歳のとり方をしていると思う」と答えたのです。(本書「まえがき」より)
つまり、結局のところ重要なのは、「本人がどう思うか」。自分が「私は、いい人生を送っているよな」と思えるなら、本当に幸せな生き方ができるということだ。たしかにそのとおりで、歳をとったら誰もが不幸になるなどということはあり得ない。
現代社会にはさまざまな情報が氾濫しているのだから、それらを安易に信じてしまった結果、不安感が大きくなることは充分に考えられるだろう。しかし大切なのは、加齢についての誤った思い込みをなくし、前向きに生きていくことなのである。
著者も、歳をとることをネガティブに考えるべきではないと強調している。
米国イェール大学のルーベン・ネグは、コンピュータ上に集積されたデータベースから、1810〜2009年の間で「お年寄り」がどのように形容されているのかを調べてみました。
その結果、1810〜1880年までは「お年寄り」はポジティブに語られることが多かったのに、1890年以降は右肩上がりでネガティブな形容が増えていることがわかりました。(本書12ページより)
ここ100年ほどの間で、お年寄りのイメージは「ポジティブ」なものから「ネガティブ」なものへとすっかり変わってしまったわけである。ただし、それはイメージに過ぎない。したがって、そこにとどまり続けるのだとしたら、望まない結果になってしまう可能性がある。
なぜなら「耄碌(もうろく)する」「自分では何もできない」「同じ話を何度もする」というようなイメージに縛られていると、知らず知らずのうちに「自己暗示」の効果が働き、本当にそのような歳のとり方をしてしまうからである。
ネガティブな思い込みをしていると、本当にその通りになってしまいます。逆にポジティブな思い込みをしていると、やはりその通りになっていきます。
まずは「歳をとるのはイヤなこと」という思い込みはやめましょう。歳をとるのは、実際にそんなに悪いことでもありませんから。(本書14ページより)
そもそも、「お年寄りは悲観的だ」というような考え方は誤りだという可能性がある。事実、調査によれば、お年寄りは明るくて楽観的、ネガティブ思考をするのは若者のほうが多いというのだ。
米シカゴにあるデポール大学のジョセフ・マイケルスは、32名の年配者(平均73.33歳)のグループと、32名の若者(平均20.91歳)のグループにわけました。そして、2つのグループに対して、「友人の結婚式でスピーチを始めたところ、参列者がクスクスと笑いました」という文章を見せて、その後につづくストーリーを自由に考えてもらう調査を実施しました。(本書21ページより)
その結果はとても興味深い。「あまりにも恥ずかしくて、穴があったら入りたい」「もう二度とスピーチなんてしないと決めた」というようなネガティブなストーリーを考えてしまうのは、お年寄りではなく、若者のほうが多かったのだそうだ。
そんなところからもわかるとおり、実は私たちが考えるほど、「お年寄りは悲観的」ではなさそうなのだ。しかし、それは充分に納得できる話でもある。日常生活を送るなかで実感している方もいらっしゃるだろうが、歳を重ねるとともに、感情のコントロールもうまくなっていくからだ。
もちろん、すぐに怒り出す「老害」も存在するのだろう。しかし多くの場合は若者にくらべると欲求が弱くなるので、自分の感情に振り回されにくくなるのである。
米国スタンフォード大学のジェームズ・グロスは、127名の調査対象者に、「あなたはどれくらい自分の感情をうまくコントロールできますか?」と尋ねてみたのですが、19〜56歳のグループよりも、58〜96歳のグループのほうが、「私はうまく感情コントロールができる」という答えが多いことを明らかにしました。(本書24〜25ページより)
歳をとってくると、自分の感情を持て余すこともなく、自分で自分のことをうまくコントロールできるようになるということだ。精神的にも、そう考えておいたほうが楽なのではないだろうか。
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。