『50歳からのごきげんひとり旅』がベストセラーになり、多忙な日々を送る料理家・エッセイストの山脇りこさん。昨年、階段で転んで右手の小指を骨折。それをきっかけに50代の自身を見つめ直した著書『ころんで、笑って、還暦じたく』が同世代から共感を呼び、話題になっている。
――まわりの60歳女性数名に聞いてみたら、この一年で4人中3人が骨折を経験していました。
「この本を出してから私のまわりでも、じつはろっ骨などを骨折していたと打ち明けてくれた方は何人もいました。50代半ばになって転んだりするのは、歩くときに足があがっていないとか、瞬発力がなくなったとか、とっさの時の対応が上手くこなせなかったりとか、肉体の衰えもでてきているんでしょう。でも、私自身もそうでしたが、骨折して一番こたえたのはメンタル。着実に老いに入ったような気がして、ショックを受けましたね」
――著書に書かれていますが、世の中から必要とされていないように感じられたとか。
「テレビ局は50歳以上の視聴者層はあまり気にしていないと聞いて、一抹の寂しさを感じたんです。今回の本は、ただ老いていくがっかり感に加えて、年齢で社会から外されていく寂しさを感じるようになるのが還暦前なんだ、と思って書き始めました。自身の仕事を振り返っても、30代や40代の働き盛りのころに比べて、50代は社会の中心円から外されてきているような感じ。世代交代をかつては歓迎していたのに、交代させられる側になってしまったら、あら、悲しい、みたいな。50代も半ばになってくると、仕事も30代40代の方々をサポートする側になったりしますよね」
――50代半ばで役職定年を導入している一般企業も多いと聞きます。
「私の相方(夫)の場合、現場から離れた部署に異動した時に、会社から通信簿をもらったような気持ちになったみたいで、落ち込んでいた時期がありました。私も料理本の制作で、以前は1日30品くらいを4日間連続でつくったりしていましたが、50代になってくるとそんなハードな働き方ができなくなりました。私自身が感じているだけでなく、まわりもわかってくるので、そういうハードな仕事は、もっと若い40代の料理家さんへ。50代になると会社勤めの方もフリーランスの方も、そういった仕事の世代交代はあると思います。仕事にもたそがれがやってくると実感します」
――自分はまだまだやれると思っていても、現実は厳しいということですね。
「今の還暦前後の世代はバブル世代で、例えば企業に入社すると一生その会社で勤め上げる、会社と心中するくらいのつもり働いてきた方が多かったと思います。女性の場合、結婚や出産でやめる人もまだまだ多かった。一方で、今みたいに産休とか育休が浸透していなかったから、出産で会社を長く休むとキャリアが終わる、と心配する人も多くて、私の先輩で、出産して30分後に上司に電話し『私、働けます!』と宣言した人もいました。我々バブル世代はチャラいとバカにされることもあるけれど、意外とまじめで働き者。仕事で徹夜したり、資格を取ったりし始めたのも私たちの世代。そんな気持ちで働いていた人が、50代になるといきなり会社の中心から外されることもある。他人から必要とされているかを改めて考えさせられるのが50代なのかもしれません」
自分にとっての“セカンドプレイス”を見つけてみる
――かつて昭和の時代は、55歳定年が一般的でした。
「50代半ばになると、肉体的な衰えだけでなく、社会的にも老いというものが突きつけられているような気がします。最近、自宅でも職場でもないサードプレイスが流行っていますが、その前にセカンドプレイスがあったらいいなと思うようになりました。安くても、少しでも、対価が得られる“仕事”ができるもう一つの場所、今の仕事とは別のもう一つの仕事。先日、ファミリーレストランに行ったのですが、そこでサービスをしてくれた年上の女性がとても素敵で。アルバイトなんですか? と声をかけてみたら、『私、もうすぐ70歳なんですが、週に2日だけここで働いているんです』と。スターバックスも70歳以上の店員の方を雇用されていますよね。料理家さんで大学の学食で働いている人もいます。今まで自分がやってきた本業と近い業界でもいいし、全く違う世界でもいい。これまでの仕事に加えて、もうひとつ、社会と接点を持てるセカンドプレイスがあったらいいなと。サードプレイス的なセカンドプレイスかもしれません。それがあると一つの仕事でいやなことがあっても、もう一つの仕事で楽しかったり、バランスが取れるような気がします。そういう方を見ると、いいな、と思うんです」
――プライドが強い男性の方には難しいでしょうか。
「たしかに、大手にいた方とか、特に男性はブランド志向が強かったりしそうですよね(笑)。でも、もっと柔軟に考えていいと思うんです。還暦は赤ん坊に返るとよく言います。でも知恵のついた赤ん坊ですから、それって最強じゃないでしょうか。赤ん坊のように好きなことをやる、でも分別や知恵はある。妙な野心や出世欲みたいなものはない。であれば面白いことや、やったことないことに挑戦するのは楽しいと思います。先ほどお話したファミレスの方も、年配だからこそ若いスタッフには気が回らないようなことができたりするのではないしょうか。三ツ星レストランの受付なども、年配の方のほうがお客さんは安心できるんじゃないかと。飲食に限らず、様々なジャンルでそういったチャンスはあるのだと思います」
――ご夫婦の場合、男性はこの本を読むと奥様との相互理解が深まるように思います。
「私も反省するところはあったんですよ(笑)。身内には機嫌が悪くても許してもらえると思っていましたし。親や夫、あるいは子どもに対して気分の変化をそのままぶつけてしまう人は多いと思います。それは家族だからと甘えているのかもしれません。
私は夫とのふたり暮らしですが、機嫌よく接するようになったら、相手も機嫌がよくなったんです。私の機嫌の悪さが、この人の機嫌を悪くしていたんだと気づきました。いちばん機嫌の悪い私を知っているのが相方でしたが、本でも書いている通り、大切な人にこそ、いちばん機嫌よく接するようにしようと決めたんです。
例えば、仕事が終わって帰宅して夕食の準備をする時、以前は何も手伝わない夫に対して腹立たしく思って口げんかになったり、機嫌悪そうにごはんをつくって、雰囲気が悪くなったりすることがあったんです。それが、ちょっと手伝わない? などと話しかけて接し方を変えたら、夫は機嫌がよくなったんです。それまでは家庭内での笑いが減っていたのですが、ずいぶん雰囲気がよくなったと思います」
――お子さんがいる家庭でも子供が独立したりして、結局夫婦ふたりきりになります。
「50代以降って夫婦の人生にとってそういう時期なんでしょう。お互いの親を看取ったり、どちらかが病気や怪我をしたり。だからこそ、コミュニケーションが大切。田辺聖子さんが“人が人に与えられる最高のギフトは、機嫌のよさ”というようなことを仰ってましたが、それは家族にこそ当てはまると思います。どうしても相手に甘えがちな家族の間でも、ちょっとした心の持ちようでお互いがよりよいほうに変わっていくのではないでしょうか」
【後編に続く】
取材・文/インディ藤田