文/ケリー狩野智映(海外書き人クラブ/スコットランド・ハイランド地方在住ライター)

スコットランド在住ライターでウイスキー愛好家の筆者が、公共交通機関で簡単に訪問できるうえに、興味深いストーリーがあるという、素晴らしいスコッチウイスキー蒸溜所を紹介するシリーズ第3弾。

今回は少し遠出して、スコットランド東岸アンガス地方にある家族経営のアービキー蒸溜所(Arbikie Distillery)を探訪した。

アービキー蒸溜所。 写真:筆者撮影

エディンバラから列車で行けるシングルエステート蒸溜所

スコットランドの首都エディンバラからアービキー蒸溜所へは列車で2時間弱。ウェイバリー(Waverly)駅からアバディーン(Aberdeen)方面行きの列車に乗って、アーブロース(Arbroath)駅またはモントローズ(Montrose)駅で下車するといい。いずれも乗り換えなしで、料金は時間帯や列車と切符の種類にもよるが、普通車なら大人片道12英ポンド(約2350円)~30英ポンド(約5850円)。アーブロース駅から蒸溜所まではタクシーで約15分、モントローズ駅なら約10分で到着する。

アービキー蒸溜所は、2000エーカー(約810ヘクタール)という広大な家族経営農場の中にある。数世代にわたってここで農業を営んできたスターリング家のジョン、イアン、デイヴィッド3兄弟が、代々受け継がれてきた「有益な遺産(レガシー)」を永続させたいという想いで2013年に創設した。

この門の向こう側で素晴らしいスピリッツ造りが展開されている。 写真:筆者撮影

蒸溜所で造るスピリッツの主原料をほぼすべて自家農場で栽培し、熟成もボトリングも敷地内で行っている。いわゆる「シングルエステート」蒸溜所なのだ。

彼らのシングルモルトウイスキーは、プレミアム市場をターゲットに18年間熟成させる予定のため、まだ味わうことはできない。だが、近々限定リリースの可能性ありとの噂で、非常に気になるところ。

現在楽しめる彼らのスピリッツは、スコットランドでは珍しいライ麦ウイスキー、小麦ベースのウォッカ、売り物にならない規格外のジャガイモから造ったウォッカ、数種類のジン、そして特に注目に値するのは、環境負荷が極めて低いエンドウ豆(もちろん自家農場産)を原料とすることでクライメートポジティブ(温室効果ガスの排出量より削減量の方が多い状態)を達成したジンとウォッカである。

エンドウ豆から造られたクライメートポジティブなジン。 写真:筆者撮影
レストランやバーへは再充填可能なキャニスター缶で納品というエコな取り組みを推進。 写真:筆者撮影

とびきりグリーンなスピリッツ造り

酒造エリアはかつて農場の牛舎だった建物の中にある。ポットスチル(単式蒸溜釜)3基に加え、ジンとウォッカのベーススピリッツ製造に欠かせない40段プレートのコラムスチル(連続式蒸溜機)も備えている。

蒸溜設備が並ぶ酒造エリア。 写真:筆者撮影

一般的に、蒸溜の熱源は化石燃料で稼働するボイラーで生成した蒸気だが、アービキーでは、農場内に設置した発電容量1メガワットの風車と電解槽でクリーン水素を生成し、それを燃料とするボイラーで熱源の蒸気を作るクリーン水素エネルギーソリューションを導入している。

クリーン水素エネルギーソリューションの一角をなす風車。 写真:筆者撮影

英国政府から巨額の助成金を獲得したこのクリーン水素エネルギーソリューションは、今年の夏に完工して稼働がスタートしたばかり。これにより、彼らのスピリッツはすべて、近いうちにカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出量・吸収量がプラスマイナスゼロの状態)かクライメートポジティブを達成すると期待されている。アービキーは、原料と製造工程の両方で極めてグリーンなスピリッツ造りを展開している画期的な蒸溜所なのだ。

その立役者は、マスターディスティラーのカースティ・ブラック氏とシニアディスティラーのクリスチャン・ぺレス氏。2人は、醸造・蒸溜学で名高いエディンバラのヘリオット・ワット大学の修士課程で机を並べた仲間である。

カースティ・ブラック氏(左)、クリスチャン・ぺレス氏(中央)、共同創設者のジョン・スターリング氏(右)。 写真:筆者撮影

ブラック氏は、大学院在学中にスターリング3兄弟からスカウトされ、蒸溜所の立ち上げを監修した人物。世界的にまだ珍しい女性蒸溜家だが、「この任務に最適な人材の推薦をヘリオット・ワット大学に依頼したら、彼女の名前があがりました。彼女は私たちの期待をはるかに超える実績をあげています」と、共同創設者のイアン・スターリング氏は誇らしげに説明する。

クライメートポジティブなジンとウォッカの開発で博士号を取得したブラック氏は、世界のウイスキー業界における女性活躍推進を使命とする「OurWhisky基金」でメンターを務めている。彼女に感化された女性たちが、素晴らしいウイスキーを造り出す日が楽しみだ。

楽しい体験ツアー

フレンドリーで知識豊かなブランドアンバサダーの案内による蒸溜所見学&試飲ツアーは、ライ麦ウイスキーまたはジン&ウォッカのテーマ別になっている。ウイスキーツアーの場合、所要時間1時間で1人25英ポンド(約4900円)。ジン&ウォッカツアーは、1時間で1人20英ポンド(約3900円)。

ビジターセンター1階にある試飲エリア。 写真:筆者撮影

筆者はなんと、現行ラインアップ全商品を試飲させていただくというVIP待遇を受けた。いずれも個性が光る逸品だが、特に筆者の味覚を刺激したのはチリウォッカ。ジャガイモベースのウォッカに、チポトレチリで風味づけしたものだ。スモーキーなチョリソーソーセージを連想させるその独特な味わいは、未だに好きか嫌いかを決めかねているのだが、とても印象的で何度も試飲したくなる。

イベント会場にもなるビジターセンター2階の広々としたホールで現行ラインアップ全商品を試飲。 写真:筆者撮影
窓の向こうには広大な農地とルナン湾の絶景。 写真:筆者撮影

製造現場の見学と試飲だけでは物足りないという人は、2種類のカクテルの作り方を学んで味わえるカクテル体験ツアーを試してみてはいかがだろうか?

こちらは所要時間1時間で1人25英ポンド。ルナン湾の眺めを楽しみながら、自分で作った2種類のカクテルをシャルキュトリ(ハムやソーセージ、パテ、テリーヌ、リエットなどの食肉加工品)と一緒に堪能できるプレミアム体験ツアーは1時間強で1人30英ポンド(約5850円)。

シェイカーを振って実に楽しそうなカクテルツアーの参加者たち。 写真提供:Arbikie Distillery

地元民にも人気のカフェ

ビジターセンター1階にはカフェがあり、自家農場の作物や地元の食材を活かした軽食やスイーツを味わえる。メニューは季節ごとに変わり、地元民の間でも人気のランチスポットになっているそうだ。

筆者も、ハギス(羊の内臓を羊の胃袋に詰めて茹でたスコットランドの伝統料理)とブラックプディング(豚の血とオーツ麦やハーブ、スパイス類の腸詰)をミートボール状にした「ブラギス」とサラダをランチにいただいたが、とても満足のいく味わいだった。

ブラギスとサラダ。 写真:筆者撮影

風景との一体感を味わえる宿泊施設

アービキーをさらに魅力的な目的地にしているのは、敷地内にある宿泊施設。これがなんと、外から中は見えないけれど、中からはほぼ180度の絶景を堪能できるマジックミラー製の小屋なのだ。

アービキーにはこのミラーハウス宿泊施設が4つあり、それぞれ定員2名。シンプルながらもセンス良く装飾された室内には、シャワールームと簡易キッチンが備わっている。さらに、それぞれの「別棟」にサウナかホットタブ(温水浴槽)があり、壮大な風景との一体感を楽しみながら疲れを癒すことができる。

蒸溜所のすぐ傍に設置されたミラーハウス宿泊施設。 写真:筆者撮影

緯度の高いスコットランドの夏は夜の11時ぐらいまで明るいが、カーテンを閉めれば寝室内はしっかり暗くなるのでご心配なく。

 

グリーンなスピリッツ造りの現場を見学し、エコで美味しいウイスキーやジン、ウォッカを味わって、地元の食材を活かした料理を楽しんだ後、素晴らしい風景に溶け込んで一夜を過ごす。なんとも至福の体験だ。料金は1泊250英ポンド(約4万9000円)から。追加料金を払えば夕食セットも用意される。

翌朝は、美しい砂浜が広がるルナン湾の浜辺を散策するのもいいだろう。筆者はまだひと気の少ない早朝に徒歩で約1時間かけて行ったが、心身ともに清々しい開放感で満たされた。

早朝のルナン湾の砂浜。 写真:筆者撮影 

百聞は一見に如かず。スコットランド旅行をお考えの方に、ぜひともおすすめしたい。

アービキー蒸溜所ホームページ:https://arbikie.com/
スコットレイル(列車運行会社)ホームベージ:https://www.scotrail.co.uk/
OurWhisky Foundationのメンターシップページ:https://www.ourwhiskyfoundation.org/mentorship

文/ケリー狩野智映(スコットランド在住ライター)海外在住通算30年。2020年よりスコットランド・ハイランド地方在住。翻訳者、コピーライター、ライター、メディアコーディネーターとして活動中。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織海外書き人クラブ(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

* * *

【公共交通機関で簡単に行けるスコッチウイスキー蒸溜所探訪記】
(1)エディンバラ:実験的なウイスキー造りを進める縦40メートルの高層蒸溜所 https://serai.jp/tour/1199641
(2)グラスゴー:歴史とモダニズムが融合したクライドサイド蒸溜所 https://serai.jp/tour/1201906

 

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