京都市南部に位置する伏見はかつて“伏水”と記されたように、良質の地下水に恵まれた地。染織家の吉岡更紗さんと町を歩き、京都市中とは趣の異なる水の都を紹介する。

案内人:吉岡更紗さん(染織家、染司よしおか6代目)
京都市生まれ、200年続く染織工房『染司よしおか』の6代目。天然の染料で古法に倣い染織を行ない、東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式などに染和紙を納める。著書に『染司よしおかに学ぶ はじめての植物染め』(紫紅社)。

伏見十石舟|港町伏見の風情を感じるゆるやかな舟の旅

江戸時代の運搬船を復刻した観光船・伏見十石舟。途中には、幕末に伏見に潜伏していた坂本龍馬とお龍(りょう)の像も立つ。
船頭の案内を聞きながら川を走る。「目線が変わると普段とは異なる風景ですね」と吉岡さん。川沿いは春は桜、夏は新緑、秋は紅葉に染まる。

伏見の基盤は豊臣秀吉による伏見城の普請から始まる。秀吉は宇治川を改修して城の外堀とし、水運として整備。さらに大坂と伏見を結ぶ伏見港を開き、物流と交通の拠点を作った。江戸時代には城下町に加え港町、宿場町として繁栄、今も独特の風情が漂う。

伏見にある『染司(そめのつかさ)よしおか』の6代目、吉岡更紗さん。藍や紅花など自然の植物だけで染める作品には伏見の水が欠かせないと話す。

「小学校の社会科見学で伏見の水が大切に守られていることを知りました。伏見といえば酒、水ですから、今日は深掘りしたいですね」

賑わいを支えた水路を巡る

遊覧船として運航する十石舟で、かつての賑わいに想いを馳せよう。月桂冠大倉記念館裏から舟に乗り込むと、濠川(宇治川派流)の柳並木と酒蔵の景観がさっそく現れる。そよぐ川風と水辺の情景を楽しみながら伏見港跡である伏見みなと広場へ。往時はこの船溜まりに大小の船がひしめいていたのだ。

ここでいったん下船し、昭和初期完成の三栖閘門(※濠川と宇治川の水位を調整し、船の往来を可能にした水門。)の資料館を見学。再び舟で戻る。船頭の解説や展示資料などで町の概要を知ることができるコースである。

伏見城の外堀であった濠川沿いに立つ月桂冠の酒蔵風景。水運を使い、酒造りの原料である米が運び込まれている。明治42年(1909)撮影、月桂冠提供

伏見十石舟

京都市伏見区本材木町701(月桂冠大倉記念館南西側)
電話:075・623・1030(10時~16時)
営業:2024年は12月8日まで。
休日:月曜(祝日と4・5・10・11月は運航)
料金:1500円 所要約45分
交通:京阪本線中書島駅下車、徒歩約5分 インターネット予約可。https://kyoto-fushimi.or.jp/fune/

月桂冠大倉記念館|天下の酒処を牽引する380余年の歩み

月桂冠大倉記念館の中庭にある仕込み水を味わう。すっきりとした飲み口の水はやわらかく、ふくよかな味の美酒を生み出している。

伏見 といえば酒造りを抜きに語ることはできない。伏見城の城下町の繁栄とともに酒の需要も高まり、慶長4年(1599)の奈良・興福寺の塔頭・多門院の僧による『多門院日記』には伏見酒、伏見樽の記述が見られるという。江戸時代になると酒造業は大いに発展。明暦3年(1657)には伏見の酒造家は83軒に達した。

その歴史については、寛永14年(1637)創業の月桂冠の資料館「月桂冠大倉記念館」で詳しく知ることができる。貴重な史料や用具類の展示、映像ホール、きき酒処、限定酒などが購入できるショップがある。

木桶や酒樽、櫂など貴重な用具類を展示。施設の一角にある内蔵では、昔ながらの製法で大吟醸などの高級酒を醸造している。

「江戸初期に83あった酒蔵も、販路の確保が難しかったり、幕末の勤皇派と幕府との闘争である鳥羽伏見の戦いに巻き込まれるなどして、末期になると多くが被災してしまいました。しかし明治以降、酒造仲間と助け合って復興を進め、鉄道による輸送や、施設の近代化による品質向上を目指しました」

こう話すのは、館長の立花規志夫さん。伏見は日本三大酒処のひとつとして知られるようになり、現在も20余の酒蔵がある。限られた地区にこれほどの蔵元が集約するのは全国でも稀有なことだ。

そして、この酒処を支えているのが、良質な伏流水である。桃山丘陵を潜った清冽な水が砂や礫が堆積した地層を通り、町のあちこちに湧き出す。湧水は鉄分が少なく、カリウムやカルシウムなどをバランスよく含んだ中硬水で、酒造りに最適な水といえる。

「さらりと美味しい水ですね。私の工房も同じ水脈の井戸水を使っています。鉄分が多い水を使うと、染色の際に色が濁ってしまうので、水質は重要です」と、仕込み水を口に含む吉岡さん。きき酒処では月桂冠自慢の銘酒を愉しんだ。

館長の立花さんの説明を聞きながら利き酒。約10種類の中から3種類の試飲ができる(料金は入館料に含まれる)。
右から「果月桃」720mL 1466円、
「笠置屋山田錦大吟醸」720mL 4950円、
「鳳麟 純米大吟醸」300mL 825円。

月桂冠大倉記念館

杉玉が掛かる外観は明治42年(1909)建造の酒蔵。

京都市伏見区南浜町247
電話:075・623・2056
営業時間:9時30分~16時30分(受付16時まで)
休日:8月13日~16日、年末年始ほか
入場料:600円
交通:京阪本線中書島駅下車、徒歩約5分 インターネット予約可。https://www.gekkeikan.co.jp/enjoy/museum/

伏見夢百衆|地酒からスイーツまで伏見の味わいを愉しむ

伏見の17の蔵元の利き酒ができる利き酒会(10時30分~17時/30分1900円)あり。好みの味を見つけ、気に入った日本酒は購入できる。

大正浪漫漂うカフェで休憩

伏見の名水を使った水出しコーヒーと、酒まんじゅう(手前右)、酒粕フィナンシェのセット1000円。ほかに甘酒サイダーなどメニュー豊富。

酒蔵が立ち並ぶなかに立つお土産処『伏見夢百衆』は、大正8年(1919)に月桂冠本店として建築された建物を活用。カフェを併設し、散策のひと休みにちょうど良い。喫茶スペースは営業部や経理部の事務室だったところで、高い天井に洒落た照明、欄間や違い棚などがあり、和洋折衷の趣である。酒の仕込み水で淹れたコーヒーや酒粕を使った菓子が味わえるほか、おすすめの利き酒セットなども用意されている。

伏見の酒と水の奥深さを知り、甘党も辛党も納得の店である。

伏見夢百衆

入口にある石段は宇治川の氾濫に備えるためのもの。

京都市伏見区南浜町247
電話:075・623・1360
営業時間:10時30分~17時(最終注文16時30分)
定休日:月曜(祝日は営業)、夏期・年末年始
交通:京阪本線中書島駅下車、徒歩約5分

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