京都市南部に位置する伏見はかつて“伏水”と記されたように、良質の地下水に恵まれた地。染織家の吉岡更紗さんと町を歩き、京都市中とは趣の異なる水の都を紹介する。
伏見十石舟|港町伏見の風情を感じるゆるやかな舟の旅
伏見の基盤は豊臣秀吉による伏見城の普請から始まる。秀吉は宇治川を改修して城の外堀とし、水運として整備。さらに大坂と伏見を結ぶ伏見港を開き、物流と交通の拠点を作った。江戸時代には城下町に加え港町、宿場町として繁栄、今も独特の風情が漂う。
伏見にある『染司(そめのつかさ)よしおか』の6代目、吉岡更紗さん。藍や紅花など自然の植物だけで染める作品には伏見の水が欠かせないと話す。
「小学校の社会科見学で伏見の水が大切に守られていることを知りました。伏見といえば酒、水ですから、今日は深掘りしたいですね」
賑わいを支えた水路を巡る
遊覧船として運航する十石舟で、かつての賑わいに想いを馳せよう。月桂冠大倉記念館裏から舟に乗り込むと、濠川(宇治川派流)の柳並木と酒蔵の景観がさっそく現れる。そよぐ川風と水辺の情景を楽しみながら伏見港跡である伏見みなと広場へ。往時はこの船溜まりに大小の船がひしめいていたのだ。
ここでいったん下船し、昭和初期完成の三栖閘門(※濠川と宇治川の水位を調整し、船の往来を可能にした水門。)の資料館を見学。再び舟で戻る。船頭の解説や展示資料などで町の概要を知ることができるコースである。
伏見十石舟
京都市伏見区本材木町701(月桂冠大倉記念館南西側)
電話:075・623・1030(10時~16時)
営業:2024年は12月8日まで。
休日:月曜(祝日と4・5・10・11月は運航)
料金:1500円 所要約45分
交通:京阪本線中書島駅下車、徒歩約5分 インターネット予約可。https://kyoto-fushimi.or.jp/fune/
月桂冠大倉記念館|天下の酒処を牽引する380余年の歩み
伏見 といえば酒造りを抜きに語ることはできない。伏見城の城下町の繁栄とともに酒の需要も高まり、慶長4年(1599)の奈良・興福寺の塔頭・多門院の僧による『多門院日記』には伏見酒、伏見樽の記述が見られるという。江戸時代になると酒造業は大いに発展。明暦3年(1657)には伏見の酒造家は83軒に達した。
その歴史については、寛永14年(1637)創業の月桂冠の資料館「月桂冠大倉記念館」で詳しく知ることができる。貴重な史料や用具類の展示、映像ホール、きき酒処、限定酒などが購入できるショップがある。
「江戸初期に83あった酒蔵も、販路の確保が難しかったり、幕末の勤皇派と幕府との闘争である鳥羽伏見の戦いに巻き込まれるなどして、末期になると多くが被災してしまいました。しかし明治以降、酒造仲間と助け合って復興を進め、鉄道による輸送や、施設の近代化による品質向上を目指しました」
こう話すのは、館長の立花規志夫さん。伏見は日本三大酒処のひとつとして知られるようになり、現在も20余の酒蔵がある。限られた地区にこれほどの蔵元が集約するのは全国でも稀有なことだ。
そして、この酒処を支えているのが、良質な伏流水である。桃山丘陵を潜った清冽な水が砂や礫が堆積した地層を通り、町のあちこちに湧き出す。湧水は鉄分が少なく、カリウムやカルシウムなどをバランスよく含んだ中硬水で、酒造りに最適な水といえる。
「さらりと美味しい水ですね。私の工房も同じ水脈の井戸水を使っています。鉄分が多い水を使うと、染色の際に色が濁ってしまうので、水質は重要です」と、仕込み水を口に含む吉岡さん。きき酒処では月桂冠自慢の銘酒を愉しんだ。
月桂冠大倉記念館
京都市伏見区南浜町247
電話:075・623・2056
営業時間:9時30分~16時30分(受付16時まで)
休日:8月13日~16日、年末年始ほか
入場料:600円
交通:京阪本線中書島駅下車、徒歩約5分 インターネット予約可。https://www.gekkeikan.co.jp/enjoy/museum/
伏見夢百衆|地酒からスイーツまで伏見の味わいを愉しむ
大正浪漫漂うカフェで休憩
酒蔵が立ち並ぶなかに立つお土産処『伏見夢百衆』は、大正8年(1919)に月桂冠本店として建築された建物を活用。カフェを併設し、散策のひと休みにちょうど良い。喫茶スペースは営業部や経理部の事務室だったところで、高い天井に洒落た照明、欄間や違い棚などがあり、和洋折衷の趣である。酒の仕込み水で淹れたコーヒーや酒粕を使った菓子が味わえるほか、おすすめの利き酒セットなども用意されている。
伏見の酒と水の奥深さを知り、甘党も辛党も納得の店である。
伏見夢百衆
京都市伏見区南浜町247
電話:075・623・1360
営業時間:10時30分~17時(最終注文16時30分)
定休日:月曜(祝日は営業)、夏期・年末年始
交通:京阪本線中書島駅下車、徒歩約5分