文/ケリー狩野智映(海外書き人クラブ/スコットランド・ハイランド地方在住ライター)
英国スコットランド北部ハイランド地方の中で、50を超えるウイスキー蒸溜所がひしめくスペイ川流域のスペイサイド地域は、「モルトウイスキーの聖地」とも呼ばれるスコッチウイスキーの名産地。華やかな香りとバランスのとれたフルーティーな味わいの飲みやすいウイスキーで人気が高く、ザ・マッカランやグレンフィディック、グレンリベットなど、日本でも知名度の高い銘柄を数多く輩出している。
世界最大級のウイスキーの祭典
ここでは、毎年4月下旬か5月上旬の6日間にかけて、世界最大級のウイスキーの祭典と謳われる「Spirit of Speyside Whisky Festival(スピリット・オブ・スペイサイド・ウイスキーフェスティバル)」が開催される。
その期間中は、普段の蒸溜所見学では味わえない特別な催しが700以上も繰り広げられ、世界中からウイスキー愛好家のみならず、特別な体験を求める観光客を惹きつけている。
5月1日から6日の日程で開催された今年のフェスティバルは、25周年を迎えたことに加え、ザ・マッカランをはじめ200周年という重要な節目を祝う蒸溜所が5か所もあったことが追い風になり、開催から2日目にしてすでに前年の売上げを20%も超える新記録を出したという。
来年までのカウントダウン
公式ホームページではすでに来年の日程が発表されており(2025年4月30日~5月5日)、カウントダウンも始まっているほど。今から来年の計画を立てている人も多いとか。
ウイスキー好きの筆者は、スペイサイドから車で片道1時間半のインヴァネス郊外に住んでいる。だが、「地元民」気取りのうぬぼれで動き出すのが遅すぎ、気付いたときには、参加したいイベントはいずれもチケット完売。
泣く泣く今年はあきらめようかと思いながらも、未練がましく公式ウェブサイト上の日別プログラムを何度も見直していると、好奇心をそそるイベント名が目に飛び込んできた。その名も、「Barrels and Botanicals:Whisky Foraging Adventure(私訳「樽とボタニカル:ウイスキーと野生の食材採取アドベンチャー」)。
詳細を見ると、5月3日金曜日午後12時~3時の単発イベントで、まだチケットが3枚残っているではないか! そこで、すぐさま夫の分も含めて2枚購入した。
野生の食材とウイスキーを楽しむ散策
その中身はというと、アベラワー村を流れるスペイ川支流沿いの森林を散策しながら、自然の中の食べられる草花の楽しみ方を教わると同時に、散策道で採取した可食植物を使ったウイスキーカクテルを味わう散策ツアー。
当日は清々しい五月晴れ。出発地点に集合した12名の参加者のうち、私たちのような「地元民」は4名程度で、後はイングランド、ベルギー、イタリア、フランス、カナダ、スウェーデンからの訪問者という国際色豊かなグループだった。
案内役は、スコッチウイスキー大手ブランドのデュワーズでブランドアンバサダーを務めた経歴を持つフレイザー・キャンベル氏と、野生の可食植物採取(英語でForaging=フォレジングという)の専門家、リーアン・タウンゼンド氏。
2人から自己紹介と出発前の説明を受けた後、一行は小高い丘の上にあるダウワンズホテルの裏庭を下り、スペイ川支流と本流の合流点に向かった。
天ぷらにすると美味しい花
ここでまず、タウンゼンド氏が摘み取って説明してくれたのは、川沿いに生い茂るスイートシスリーという名のセリ科の多年草。繊細なレースのように見える小さな白い花の塊とシダのような葉が特徴。我が家周辺でもよく見かける。
花はなんと、天ぷらにして食べると美味しいそうだ。シロップに漬け込んで、コーディアルと呼ばれる濃縮ドリンクにしても、発泡酒にしても楽しめるという。スターアニス(八角)のような香りがする葉は、生のまま刻んでサラダに入れたり、ケーキ生地に入れて焼くと、ほのかに甘い独特の風味をもたらすそうだ。
種はフェンネルシードのような風味を持っているのだが、乾燥するとそれが失われてしまうため、まだ青っぽい頃に収穫するのがベストとのこと。
下はホッグウィード。葉はサラダに使え、種はショウガのような味がするとか。ただ、よく似たジャイアント・ホッグウィードは、植物性光線皮膚炎の原因となる樹液を持つ有害雑草なので気を付けなければならない。見分け方はそのサイズ。その名が示唆するように、ジャイアント・ホッグウィードはずっと大型で、2.5メートル以上にまで成長するものもあるという。
自然の恵み
彼女の解説のおかげで、普段は雑草としか見なしていなかった野草の多くが可食植物であり、素晴らしい風味や効用を持つものもあるということを知った。なんたる自然の恵み! 昔はどこでも日常的に行われていたフォレジングだが、飽食の時代になってその知識は薄れていった。
一見、三つ葉のクローバーのようなウッドソレル(和名:カタバミ)は、葉の食感も風味も酸っぱいグラニースミス林檎の皮に似ている。
高く真っすぐ伸びて木目も美しいことから、建材用として19世紀後半にスコットランドに持ち込まれた米国原産のダグラスファー(和名:アメリカトガサワラ)。ウッディな松の風味をもたらすその枝葉は、ジンやウォッカのボタニカルとしてよく使われるそうだ。常緑針葉樹なので冬でも採取できる。
1655年のレシピ
両氏の説明や他の参加者とのおしゃべりを楽しみながら、40分程度歩いてたどり着いたのはリンの滝(Linn Falls)。ここで待ちに待った最初の試飲だ。
キャンベル氏が振る舞ったのは、1655年のレシピによるウシュクベーハ。ウシュクベーハは、「命の水」を意味するラテン語アクアヴィタエのゲール語(アイルランドやスコットランドのケルト系先住民族の言語)訳で、ウイスキーの語源だとされている。
蒸溜酒にリコリスルート(甘草の根)、レーズン、ナツメヤシ、イチジク、アニスシード、ナツメグ、シナモン、ジンジャー、ムスク、アンバーグリス(マッコウクジラの腸内に発生する結石)を漬け込む。
彼が使った蒸溜酒は、日本でも販売されているブレンデッドスコッチ「モンキーショルダー」のニューメイクスピリッツ(樽で熟成させる前の蒸溜液)、「フレッシュモンキー」。先述のスイートシスリーやホッグウィードの種、ダグラスファーも漬け込んだそうだ。味わいが似ているというわけではないが、飲むとなぜか日本の養命酒を思い出した。
自然の中で試飲
来た道を折り返し、メイン道路を横断して反対側に向かう前に2回目の試飲。今度は、タウンゼンド氏が造ったネトル(和名:セイヨウイラクサ)のビターズ(ハーブやスパイス、花、樹皮などを蒸溜酒に漬け込んだ苦みのあるリキュール)を使ったウイスキーカクテルで、その名も「ワイルドネトル・オールドファッションド」。試飲会場となった広場の隅に咲いていた忘れな草とスイートシスリーの葉をガーニッシュにした。
そこら中に自生しているネトルは、鉄やビタミンB、C、Dなどを豊富に含み、抗アレルギー作用があるとも言われている。ただ、茎や葉にある細かいトゲは、刺さると皮膚が炎症してヒリヒリするので要注意。採取には園芸用手袋やゴム手袋を着用すべきだ。
来年もリピート?
一行が歩いた距離は3km程度。普通に散策したなら1時間ぐらいの道のりだが、ごく身近な可食植物について学び、ユニークなウイスキーカクテルを楽しみながらの散策は3時間に及んだ。
解散前に振る舞われたのは、「ボビー・バーンズ」と呼ばれるウイスキーカクテル。ブレンデッドスコッチウイスキーに、ベルモット(ハーブやスパイスをブレンドしたワインベースの混成酒)とベネディクティン(多種多様なハーブを調合したリキュール)をミックスしたものだが、ここではタウンゼンド氏お手製のボグマートル(和名:ヤチヤナギ)のビターズを使用。一般的なボビー・バーンズよりも奥の深い味わいを感じた。
この一味違う催しは、3時間があっという間に過ぎてしまうほど充実した学びの体験だった。今年が初めての試みだったそうだが、参加者の満足度は極めて高かったため、来年もリピートされる可能性は大きい。
来年のプログラム発表とチケット販売開始は来年1月に入ってからだが、公式ウェブサイトでは今から関連情報が小出しに掲載されるようだ。来年のゴールデンウィークの目的地候補にいかがだろうか。
スピリット・オブ・スペイサイド・ウイスキーフェスティバルのホームページ:https://www.spiritofspeyside.com/festivals/whisky
野生可食植物を使ったレシピも満載のタウンゼンド氏のホームページ:https://www.wildfoodstories.co.uk/
文/ケリー狩野智映(スコットランド在住ライター)海外在住通算30年。2020年よりスコットランド・ハイランド地方在住。翻訳者、コピーライター、ライター、メディアコーディネーターとして活動中。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織海外書き人クラブ(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。