鉄道や線路の周りで感じる心地よい雰囲気。それに魅せられ、鉄道写真の新たなジャンル「ゆる鉄」を生み出した写真家に、その魅力を聞いた。

アジサイの彩りに包まれ、急な勾配を走る箱根登山鉄道の列車(神奈川県箱根町)。鉄道が醸し出す旅情と日本の美しい風景の組み合わせが「ゆる鉄」絶景となる(写真/中井精也)

「『ゆる鉄』とは、鉄道が走る風景や場所から感じる心地良さが伝わる写真です」

鉄道写真といえば、駅や線路のそばから車両の正面や走行中の列車を画面いっぱいに撮影した写真を思い浮かべるが、鉄道写真家の中井精也さんの作品は列車が画面の隅に小さく写っているものや、そもそも車両そのものが写っていないものもある。中井さんはその訳をこう語る。

「車両や人物を大きく入れると、印象がそちらに引っ張られます。僕が写真で伝えたいのは、鉄道が走る風景や場所から感じる旅情や心地よい雰囲気。ただ、これは目に見えないものなので、季節の花を列車の手前でぼかしてみたり(上写真参照)、露出をハイキー(※適正な露出よりも明るく撮影すること。)にしてみたり、といった工夫をしています。そんな写真を僕は『ゆる鉄』と呼んでいます」

雨晴海岸(富山県)を走るJR氷見線を撮影した作品。画面いっぱいの水鏡に映る夏空の入道雲が、「ゆる鉄」ならではの旅情を際立たせている。
「ゆる鉄」の代表作とされる、いすみ鉄道(千葉県)の第二五之町踏切を写した作品。大きく切り取られた空とバイクの男性がのどかな雰囲気を漂わせている。

例えば駅にいる猫を撮る場合、中井さんはこんな工夫を凝らす。

「アップにすると駅にいるのかどうか分かりません。でもホーム上の琺瑯の駅名板と一緒に撮れば『ゆる鉄』の写真になります」

中井さんはどうすればそんな写真が撮れるのか、日々、試行錯誤を繰り返してきたという。その記録ともいえるのが、自身のブログ「1日1鉄!」だ。

日本や世界各地、自宅近くの公園などの線路際で、その名の通り1日に1枚の鉄道写真を投稿し続けてきたブログはこの春で20周年を迎えた。これを記念し、集大成となる写真展が開催中だ。ミュゼふくおかカメラ館(富山県高岡市)を皮切りに年内に3か所の会場を巡回する。

「1日1鉄!」の撮影風景。この日は自宅に近い公園でJR武蔵野線の列車を撮影。伝えたい思いを1枚の作品に込め、日々、ブログに投稿。撮影/中村雅和

また、中井さんは「ゆる鉄画廊NOMAD(ノマド)」と題した巡回展を各地で開催し、額装した作品を展示・販売する。会場には中井さんの作品が飾られ文字通り画廊のようだ。

「印象派の絵が好きなんです。モネが自宅に睡蓮の池を造ったように、いつか僕も線路のそばのお気に入りの場所にアトリエを構えて暮らせたら、と思っています」

一幅の絵画のような中井さんの「ゆる鉄」を、ぜひご覧頂きたい。

「ゆる鉄画廊NOMAD(ノマド)」では額装した作品を販売。中井さんは「作品を買ってくださるお客さんと直に話せるのが嬉しい」と語る。

中井精也さん(鉄道写真家・56歳)

昭和42年、東京生まれ。鉄道の車両のみならず、鉄道にかかわるすべてのものを独自の視点で撮影する。著書に『カメラは魔法の小箱です』(玄光社)など。『中井精也の絶景!てつたび』(NHK BS)などに出演中。撮影/中村雅和

『ゆる鉄絶景100 中井精也写真集』

『ゆる鉄絶景100 中井精也写真集』著・撮影/中井精也
A4判112ページ、3960円(税込)問い合わせ:小学館 電話:03・5281・3555

「ゆる鉄」を始めた中井精也さんが集大成となる写真集を発売。同名の巡回展を開催中。

ミュゼふくおかカメラ館(富山県)
開催中~6月16日(日) 電話:0766・64・0550

岡田紅陽写真美術館(山梨県)
7月6日(土)~9月8日(日) 電話:0555・84・3222

しもだて美術館(茨城県)
9月14日(土)~11月24日(日) 電話:0296・23・1601

取材・文/中村雅和 写真提供/フォートナカイ(特記以外)
※この記事は『サライ』本誌2024年5月号より転載しました。

『サライ』2024年5月号の引き出し付録は「国宝 雪舟『四季山水図巻』」。

 

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