夫が65歳になったのを機に、家事を担当。10種類以上の食品が摂れるよう配慮された朝食が、日本語教育者の健康を支える。
【嶋田和子さんの定番・朝めし自慢】
外国人観光客が急増する中、令和4年の外国人留学生の数も23万人を超える。文化や社会構造が異なる留学生にとって、日本語の習得は容易なことではない。そんな社会背景の下、40年にわたり日本語教育に携わってきたのが嶋田和子さんである。だが、最初から日本語教師を目指したわけではない。
昭和21年、東京に生まれた。津田塾大学英文科卒業後、外資系銀行に就職するが、結婚を機に退職して専業主婦になる。
「また働きたいと強く思っていたので、家事や育児をしながらも、再び働くための準備はずっとしていました。日本語に興味をもったのは、子育てを終えてカウンセラーになるために心理学の勉強をしていた時。英語と日本語、言葉が違うことでカウンセリングが微妙に違うんです。そこで“空気のような存在”である日本語が本当の意味でわかっていないことに気づいたのです」
30代半ばのことである。新聞で見つけた日本語教師養成講座を受講。すぐ教壇に立ち、幾つかの日本語学校を経て、平成2年から『イーストウエスト日本語学校』勤務。副校長まで務めたが、平成24年に退職し、『アクラス日本語教育研究所』を設立した。日本語教育に携わる指導者の育成と支援を行なうためである。
母の教えを守って健康優良児
現場主義の嶋田さんは、今も研修や講演で国内外を飛び回る。
「けれど勤めてから40年、一度も病欠なしという健康優良児。それは母の教えを守っているからです」
101歳で亡くなった母の口癖は3つ。ひとつは“朝は金、昼は銀、夜は銅”。つまり、健康のためには3食の中で朝食が最も大事だということ。ふたつ目は一日に30品目(種類)の食品を摂ること。3つ目は大豆製品を欠かさぬこと。
嶋田家は変則家事態勢。65歳で退職し、東京大学の大学院生となった夫の紀之(としゆき)さんが、今は家事一切を担当している。妻より比較的、時間に余裕があるからだ。
「私より夫のほうが母の教えに忠実。質・量ともに満点です」
当然のことながら、大豆製品も欠かさない。最後に和子さんの趣味である俳句を一句。
〈グルメとは縁なき暮らし冷や奴〉
留学生は民間大使、日本の言葉と文化を伝えたい
言葉は文化である。高等教育や専門知識の習得などのために来日する留学生だが、伝えるのは知識だけではない。
「人と社会との繋がりのある授業・学校作りが大切です。通常の授業以外に能や落語といった伝統文化と、その背後にある日本人の物の考え方を知り、また住民と触れ合うことも重要です」
外国人が日本語や日本文化を学ぶ目的は、日本を理解するためだけではない。自文化と異なる文化を学ぶことで自文化をよりよく理解し、その文化を支えている存在としての自分自身をよりよく見つめることにも繋がるという。
日本語学校は地域の活性化の拠点ともなり得る。ボランティア活動や町内会の盆踊り大会、また小学校・中学校などの交流を深めることで日本文化を肌で知り、それが地域の発展にも通じるのだ。
「せっかく日本に来た若者を日本嫌いにしてはいけません。ひとりの留学生の後ろには10人の外国人がいるといいます。彼らは大切な民間大使なのです」
40年間、日本語教育に携わってきた人の言葉は重い。
※この記事は『サライ』本誌2023年12月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。 ( 取材・文/出井邦子 撮影/馬場 隆 )