高品質の音響設備でレコードが刻む豊かな音楽を堪能する贅沢な時間……。日本独特の文化を心ゆくまで体験できる、東京・京都・大阪の名店を紹介する。
「僕の音楽体験はレコードから。だから、愛おしくて手放せないんです」
神奈川県茅ケ崎市は、加山雄三やサザンオールスターズの湘南サウンドを生んだ音楽の街だ。その閑静な住宅地にミュージック・ライブラリー&カフェ『ブランディン』がある。壁の棚にはLPレコードが縦にぎっしり隙間なく収まっている。数は優に1万枚という。
オーナーは“日本一のレコード好き”を自任、ラジオ日本の『ラジオ名盤アワー』(毎週日曜日18:00〜18:55に放送)のDJもつとめる音楽評論家の宮治淳一さん。ワーナーミュージック・ジャパン等のレコード会社で洋楽編成を主に担当し、とくに山下達郎とは親交が深い。サザンオールスターズの名づけ親としても知られている。
宮治さんがいう。
「CDの登場で、アナログのレコード時代は終わりを告げた。でも、僕の音楽体験はレコードから出発しているので、愛おしくて手放せない。それでライブラリーを兼ねて、家内と22年前に開いたカフェが、この『ブランディン』です」
中古レコード店が情報源
レコードとの邂逅は、小学3年生の頃に遡る。きっかけはラジオで聴いたビートルズだった。
「当時は好きな音楽を聴くということはレコードを買うこと。でも、月のお小遣いが50円なのにシングル盤は330円。とても買えない。ラジオで好きな曲がかかるのを待つしかなかったんです」
月に1枚のシングル盤を買えるようになったのは中学生の頃から。
「あとは趣味の似た友人とレコードの貸し借りです。同級生で同じ野球部だった桑田佳祐の家にもレコードを聴きに行ったものです」
中古レコード店の存在を知ったのは高校生になってからだった。
「休みの日は、銀座の『ハンター』とか、中古レコード店へ開店と同時に入って閉店までいる。おカネはないけど、情報を仕入れておいて、後で必ず手に入れる。その成れの果てが、この店です(笑)」
さて、いまレコードを聴くには、それなりの装置も必要だと思いがちだが、宮治さんの意見は違う。
「レコードの入口は広く、敷居は高くない。昔あったポータブルの電蓄みたいなもので聴いても楽しめます。今なら1万円で買えるくらいの機器で充分です。まずは一度、聴いてみてください」
レコードを処分するのはしのびなく、押し入れの隅に眠らせている人へのメッセージはこうだ。「レコードは20年放っておいても黙ってあなたが聴きたくなるのを待っている。レコードが溝を削られながらも健気に音を出しているのを眺めて聴いていると安寧を得る、本当に心が落ち着きます」
宮治淳一(みやじ・じゅんいち)さん
音楽評論家、67歳。昭和30年、神奈川県生まれ。早稲田大学法学部卒業。パイオニアLDCなどを経て、平成7年からワーナーミュージック・ジャパンで洋楽編成を担当。同22年、55歳で早期退職。ラジオのDJや執筆活動を行なう。
カフェ ブランディン
神奈川県茅ヶ崎市富士見町1-2
営業時間:13時~18時
電話:0467・85・3818
定休日:水曜、木曜
交通:JR東海道本線辻堂駅より茅ヶ崎駅南口行きバスで平和学園前下車、徒歩約3分
取材・文/佐藤俊一 撮影/杉𥔎行恭
※この記事は『サライ』2023年6月号より転載しました。