高品質の音響設備でレコードが刻む豊かな音楽を堪能する贅沢な時間……。日本独特の文化を心ゆくまで体験できる、東京の名店を紹介する。
東京大空襲で全焼するも、まったく同じ造りで再建
ドアを開けると荘厳な交響曲が全身を包み込む。ここが東京の渋谷であることを忘れさせる異空間、それが『名曲喫茶 ライオン』である。同店は昭和元年(1926)、福島県出身の山寺弥之助さんが創業。趣味人であった弥之助さんは外装と内装のデザインを自ら行なったという。その後、東京大空襲で全焼するも、まったく同じ造りで再建され、現在に至る。ギリシアのコリント様式風の柱やライオンの彫り細工、アーチ状の装飾やシャンデリアなどが店内を彩り、古き良き面影が宿る。
「古いレコードは戦後、進駐軍が持ち込んだものを闇市などで購入したそうです。その後、中古レコード店などで購入しながら5000枚以上を所蔵しています。70年以上前に特別注文で作った棚には、貴重なモノラルレコードを少量ずつ平置きにして収納しています」
こう話すのは、初代の義妹である3代目店主・石原圭子さんの息子、山寺直弥さん(61歳)。高齢の圭子さんに代わり、店を守る。
圧巻の大型スピーカー
吹き抜けの店内に鎮座するのは3mを超える巨大な木製のスピーカーシステムで、スピーカーユニットは日本製のフォステクスを導入している。このスピーカーに向かい白いカバーの掛かる椅子が設置され、どこに座っても重厚な音色を真正面から受け止められる。
選曲は客のリクエストが基本で、15時と19時に「ライオン・コンサート」と称する1時間ほどの楽曲が流れる。耳馴染みのあるモーツァルトやベートーヴェンから、フランスのマスネやロシアのボロディンの小曲など、様々な名曲が楽しめる。なかでも、毎年大みそかに針を落とすレコードが、フルトヴェングラー指揮の第九である。ドイツのバイロイト音楽祭が戦後に再開された初演で演奏された、クラシック愛好家垂涎の名盤だ。
「クラシックはいつ、どの公演で、誰が指揮棒を振り、どの楽団が、誰が、演奏するかが重要で、それゆえに名盤が生まれます。演奏時の空気感をも伝えるのがレコードの良さだと思います」(山寺さん)
レコード持参で毎週通ってくる常連や、高校時代から50年以上も足を運んでいる客もいるが、最近はレトロな雰囲気を楽しみたい若者や海外からの客が増えているという。私語厳禁、写真撮影禁止のルールを守り、誰もが美しい旋律に身をゆだね、思い思いの時間を過ごす。名曲喫茶はかくあるべしを体現する店である。
名曲喫茶 ライオン
東京都渋谷区道玄坂2-19-13
電話:03・3461・6858
営業時間:13時~20時
定休日:1月1日~4日、夏季4日間
交通:JR渋谷駅から徒歩約10分
150席
取材・文/関屋淳子 撮影/高橋昌嗣
※この記事は『サライ』2023年6月号より転載しました。