取材・文/坂口鈴香
“奇跡の二人暮らし”を送っている96歳の父と90歳の母を遠距離介護する、中澤真理さん(仮名・56)の話を覚えている方は多いのではないだろうか。
(「一人娘で独身。アラフィフ女性の超遠距離介護」(https://serai.jp/living/388294))
中澤さんは、九州に住む父の要さん(仮名)と母の富代さん(仮名)を、東京で仕事をしながら介護していたが、退職して親のためにマンションを購入。両親が新居に慣れるにしたがってフリーとして仕事に復帰、東京に軸足を置きつつあった。
それから2年、コロナ禍を経て、中澤さんと、それぞれ98歳、92歳となった両親はどうしているのか。中澤さんにお話を伺った。
コロナ禍で弱ってしまった両親
2020年、ようやく新居での生活にも慣れ、生活リズムができていたところにコロナ禍が襲い、両親は2人で家に籠るしかなくなった。そのうえ、そのころ東京にいた中澤さんは九州に帰ることもできなくなったのだ。
「半年ほど経ってやっと帰ることができましたが、両親がすっかり弱ってしまったことに愕然としました。母は昔ほとんど切除した胃に潰瘍ができていて、通院の付き添いが必要になっていたのに加えて、父にも大動脈瘤が見つかったんです。そこで父のデイケアとデイサービスを週4回に増やして、母が一人でいられる時間を増やせるようにケアマネジャーに依頼しました」
両親のために奔走していた中澤さんが、意外に思ったことがあった。
「父は新しいデイサービスに行きたがらなかったのですが、そのことに母が理解を示したんです。『新たに予定が入ってきて自由がなくなることが、心まで拘束されるようで嫌なんだろう』と。母も90を超えてそう感じるようになったのか、としみじみ思いました」
急死した叔母の自宅はゴミ屋敷だった
富代さんには、近くに住む2人の妹がいた。上の妹、八重子さん(仮名・88)は夫と二人暮らし。下の妹、宣子さん(仮名・85)はずっと独身で、心臓が悪かったものの、それ以外は問題なく活動的な生活を送っていた。
富代さんもバスの定期券を持って妹たちのもとに通うほど、互いの存在が支えになっていたのだが、コロナでほとんど会えなくなっていた2021年の年末に、上の妹八重子さんが急死した。
「自宅での突然死だったので、警察による検死まで行われたらしいです。叔母の夫も高齢で、生活のすべてを叔母に任せていたので、何もわかりません。そのうえ、私の従姉妹にあたる一人娘は、国際結婚をしてアメリカに住んでいます。しかも結婚するときに大反対した叔父と絶縁状態になり、24年間1度も日本に帰っていないという状況でした。父方の親戚とは付き合いもなかったらしく、母と宣子叔母と私で、八重子叔母の葬儀を取り仕切らないといけなくなったんです」
富代さんと宣子さんの衝撃は大きかったが、悲しみに沈む間もなく死後の手続きに忙殺された。というのも、八重子さんの自宅はゴミ屋敷状態だったからだ。
「ゴミというのは正確ではないかもしれません。家の中が、通販で買った大量のモノで埋もれていたんです。羽布団やレトルト食品、スパイスなどが山積みでした。コロナ禍の不安が叔母を買い物に走らせたのでしょうか」
預金通帳もどこにあるのかわからない。保険証券もあるはずだし、葬儀の互助会にも入っていたと宣子さんは言うが、それらも見当たらない。とりあえず宣子さんが立て替えて葬儀は済ませたが、生活力のない叔父をどうするか、中澤さんはアメリカの従姉妹とメールのやり取りをしたり、地域包括支援センターに連絡したりとてんやわんやの日々だった。
しばらく経っても、富代さんと宣子さんのショックは消えなかった。――が、これはまだ嵐の前触れだったのかもしれない。
【シングル一人娘の遠距離介護2】につづく。
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。