「モンブランの栗は鮮度が命。おいしさを追い求めるうちに日本栗を自然栽培するようになりました」
茨城県は日本一の栗の産地だ。なかでも笠間市岩間周辺は県内一の栽培面積を誇る。この地で月曜から木曜までの週4日間を栗の栽培に従事し、週末の3日間を都内の店舗で“栗・モンブラン職人”としてモンブランを絞り続けるのが竿代信也さんだ。自社農園の広さは約1万5000坪。幻の栗と称される希少品種「人丸」と、その親品種「丹沢」の約1200本の木をほぼひとりで育てている。
元々、竿代さんはパティシエでも農家でもなかった。デザイン会社のクリエーターとして、日本のみならず世界中の高級食材を取材する立場であった。笠間の栗もその仕事のひとつ。13年前に、日本を代表する栗職人の小田喜保彦さんに出会い、
「国内外さまざまな産地の栗を食べてきましたが、小田喜さんの栗ほど感動したものはありませんでした。日本人の食文化との関わりを繙いたらますます魅せられ、栗のおいしさとともに、食材としての素晴らしさをもっと多くの人に知ってもらいたい」と、竿代さんは栗の世界への転身を決意した。
そもそも日本人は、縄文時代から栗を好んで食べていた。栗の主成分は、米と同じ澱粉。ビタミン、ミネラル、ポリフェノールもよく含まれる。先人たちがこれらの栄養成分を知らずとも、滋養豊富なうえ保存が利くことから、非常食としても備蓄されていた。
「私たちの身体は口から摂取した食べ物で形成されています。だからこそ、安心して食べられるいいものを提供していきたい。本当のおいしさを伝えることと両立するために、栗もモンブランも自分でつくることにしました」と話す竿代さんの農園では、農薬も肥料類も使用しない自然栽培に徹する。草や枝、イガや選別した栗もそのまま農地に戻すことで自然の堆肥となり、環境に優しい循環型農業の実現に繋がるという。
雨上がりに訪れた農園では、あちこちでバッタが跳ね、カエルが戯れる光景があった。
おいしさの追求は畑から
竿代さんの農園と周辺で採れた日本栗のモンブランを味わえるのが、東京の『和栗や』だ。和栗の風味は大地の香りを感じさせる力強さを秘めているものの、とても繊細。空気に触れた瞬間から失われてしまう。最高の状態で味わってもらうために、竿代さんが考案したのが、注文を受けてからモンブランクリームを絞ってつくるデザートスタイル。この店から始まり、今では全国に広まった。また、竿代さんがカウンターに立ち、自ら供する会員制の『Mont Blanc STYLE』は入会待ちが1000人以上いるほど、注目度が高い。
「栗が好きな人がこんなにたくさんいることがうれしいですね。嗜好品としてだけでなく、日本人の食の原点でもある栗を食べる文化を未来に残していきたい」と竿代さん。農業者・職人、新たな栗の文化を創造するクリエーターとしての取り組みは、これからも続く。
●和栗と日本栗は同義。モンブランクリーム、マロンクリーム、和栗ペーストともにモンブランの外側を形成する栗のクリームのこと。
取材・文/永田さち子 撮影/泉 健太 写真提供/佐藤貴佳
※この記事は『サライ』2022年10月号より転載しました。