文/印南敦史

(私も含めた)“おっさん”と位置づけられてしかるべき世代の人間にとって、『おっさん社会が生きづらい』(小島慶子 著、PHP新書)というタイトルはいささか刺激が強い。

“おっさん”とは、独善的で想像力に欠け、コミュニケーションが一方的で、ハラスメントや差別に加担していることに無自覚な人間を指すネガティブな呼称だ。(本書「はじめに」より)

こうした定義を目にすれば、多少なりとも、自分のことを否定されているような気分になってしまうかもしれない。だが、決してそうではないということは、このあとに続く記述を確認してみれば理解できるはずだ。

あるときまで私は、このようなおっさんらしさ、“おっさん性”は、社会的強者である男性に特有のものだと思っていた。ところがやがて、私にも内なる“おっさん性”があることを自覚するようになった。「男はこうあるべき、女はこうあるべき」というジェンダー規範を批判していながら、それに縛られていることにも気づいた。“おっさん性”とそれを補助・強化する振る舞いは、この社会で呼吸し、人と交わり、モノを消費する中で、人々の身体に深く深く染みついてしまっている。(本書「はじめに」より)

つまり“おっさん性”とは男性特有のものではなく、どのような人間も少なからず備えている性質のひとつであるということだ。たしかにそう考えてみれば、いろいろなことに納得がいく。

いずれにしても著者はそんな“おっさん性”を「おっさんOS」とし、それが社会の足枷となっている現状を打破する策を試みているのである。

注目すべきは、そうした作業を行うにあたって4人の男性と1人の女性、計5人と対談している点だ。参加者は、恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表の清田隆之氏、関西大学教授の多賀太氏、小児科医の熊谷晋一郎氏、小説家の平野啓一郎氏、そして東京大学名誉教授で社会学者の上野千鶴子氏。

立場も考え方も異なる相手を前に、自身の悩みや考え方を明かし、そこからヒントを見つけようとしているのである。

まず印象的だったのは、「おっさん武装」を解除するためのひとつの方法として、清田氏が“お茶する”という行為の有用性を説いている点だった。

これは女友達から学んだものでして、僕も30代になって以降、最近あったことや今感じていることなんかを男女問わず、お茶しながらおしゃべりする習慣が身についたんですけど、なんとも心地いいんですよね。(本書46ページより)

かつて会話には「テーマ」や「ゴール」がないといけないと思い込んでいたものの、お茶をしながら近況や身の上話について語らう楽しさに目覚めたというのだ。この「『テーマ』や『ゴール』がないといけないと思い込んでいた」という部分には、共感できる人も多いのではないだろうか?

たとえば「最近こんなことにモヤモヤしてる」と話せば「わかる!」「それってこういうことだよね」とかリアクションしてくれたり、「昔付き合っていた人にひどいこと言っちゃったことがあって」なんてエピソードを話すと、「それはひどいね」とか「でも俺も似たようなこと言ったことあるかも」って反応が返ってきたり。そうやって身近な人と感情的な部分を吐露し合って共感したり、それに対していろんな意見を交換し合ったりするのが気持ちいいという感覚は新鮮でした。(本書46〜47ページより)

清田氏は40代だが、この意見を目にしたとき、サライ世代にこそお茶することは重要なのではないかと感じた。昨今はキレやすい老人が増えたと聞くが、だとすればそれは、彼らが定年退職などを境に社会との接点がなくなったためだろう。ちょっとした“気持ち”を明かす機会を失った結果として視野が狭まり、鬱屈した感情がネガティブな形で外へと向かってしまうわけである。

しかし、そんなとき“お茶できる誰か”が近くにいれば気分は変わるだろうし、他愛もない会話をすることによって「おっさんOS」も適切にアップデートされるだろう。

また、そうした考え方とも少し重なるのだが、「理不尽な扱い」を受けたときにどうすべきかという問いに対する平野啓一郎氏のことばも心に残った。氏はあるとき、「知的になることで傷つかない」ことに気づいたというのだ。

本などをたくさん読んで知的な人間になっていくと、なぜ相手はこういうことを言うのかとか、自分がどういう環境で生まれてどういう人たちに囲まれて、どういうふうに人から思われているのか、ということが段々と構造的に見えてきて、理由がわかってくる。
そうすると、何か言われたときも、ムカつきこそすれ、傷つくことは減っていく。(本書203ページより)

これもまた、加齢とともに狭くなってしまいがちな視野を広げるために有効な手段だとはいえないだろうか?

* * *

本書の目的について著者は、「おっさんの正体を探る旅」「この社会で生きる人々と自分自身を知る旅」でもあると述べている。このことに関する個人的な苦しみが原点になっているわけで、たしかに「なぜそこまで自分(と周辺の人間関係)を露わにするのか?」と痛々しく感じてしまうことも少なくなかった。そういう意味では、読者を二分する内容だともいえそうだ。

が、著者の思いはともかくも、誰のなかにもあるに違いない“おっさん性”を認め、「おっさんOS」をいかにアップデートしていくかを考え、実行してみることが、すべての人にとって有効であることは間違いない。

『おっさん社会が生きづらい』
小島慶子 著
PHP新書

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文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( ‎PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。

 

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