食材としてつとに評価の高い和牛。最近は脂身の少ない赤身が求められる傾向にある。その旨さを引き出す名料理人の技を知り、家庭で実践できるとっておきの調理法を学ぶ。
安心安全に育った健康な牛肉の最上の状態を見極めて提供する
滋賀県草津市にある精肉店『サカエヤ』は、全国の料理人や肉愛好家にはつとに名高い名店である。店主の新保吉伸さん(60歳)は、和牛の価値についてこう語る。
「和牛はその種類や飼料、環境や水、生産者の技術や人柄などによって仕上がりが異なります。私は、自然環境と調和した循環型の畜産家が育てた牛肉だけを扱っています。真摯に仕事をする生産者の情報も含めて、安心安全で健(すこ)やかな牛肉だけを提供したいのです」
和牛の選び方は、まず等級にこだわらないことが大切だという。
「格付けは肉屋などが仕入れをする際の評価の目安であり、必ずしも美味しさとは一致しません。等級は日本食肉格付協会に所属する委員が、目視により肉の状態を確認するので、ばらつきもあります。A5はサシが多いから美味という既存の価値や等級の数字に踊らされることなく、自分好みの良質な肉を見つけて楽しんでください」
牛肉が流通する際の指標に過ぎなかった格付けが、現在のような霜降り重視へと傾斜したのは、1991年の牛肉の自由化による。アメリカなどの牛肉が安価に輸入され、しかもその質が上がり始めると、海外産との差別化を狙って業者は霜降り肉を求めた。だが肝要なのは単に脂の量ではなく、肉自体の味わい深さにある。
熟成すると風味が増す
新保さんは競りで頭や皮、内臓などを取り除いた牛の枝肉を仕入れると、骨を外し、前足や肩、ロースや腹、腿(もも)などの部位に切り分けていく。その手捌きは素早く、一切の無駄もない。そして肉の状態と脂肪の質、水分量を見て保存や熟成の仕方を決める。
「牛肉はと畜直後の硬直状態のままでも食べられますが、熟成の過程を経ると肉質が柔らかくなり、風味も出ます。果物を追熟すると香りや食感が増すのと同じです」
霜降り肉は2週間ほどで早めに出荷するが、赤身肉はそれ以上の時間をかける。専用の冷蔵庫で摂氏0度の温度を保ちながら、目視だけでなく肉の香りなど嗅覚も駆使し、長年の経験と感性で状態を見極める。この熟成技術によっても牛肉の味はだいぶ異なってくる。
消費者が上質な肉を購入するには、できれば枝肉の状態で仕入れをする精肉店などで購入するのがいいとも語る。
「今は問屋が枝肉を買い、部位ごとに切って真空パックにし、商品化したものを購入する店が多いのです。真空パックは使いやすさや効率面、衛生面から見れば大変に便利です。でも、欠点もある。真空パック肉の賞味期限は一般に約30日ですが、10日から2週間もすると少しずつ袋が緩み始めて、空間にドリップ(※肉の中の水分とともにタンパク質が流れ出た液体。)が溜まってしまう。ドリップは旨み成分なので、残った肉は味が抜けた状態です」
全ての過程で丁寧な職人技が光るものが、最上の和牛といえるだろう。和牛は、このような信頼のおける精肉店で求めるのが安心だ。
サカエヤ
取材・文/鳥海美奈子 撮影/奥田高文
※この記事は『サライ』2022年9月号より転載しました。