豊かな自然環境で健やかに育てられる日本の伝統的な品種の牛
牛肉は日本食肉格付協会により、アルファベットと数字の組み合わせで等級が定められている。A〜Cのアルファベットは歩留(ぶどまり)等級であり、ひとつの個体から商品となる牛肉がどれくらい取れるかという生産性を見る。一方、1から5の数字の部分は肉質の評価であり、「牛肉の色沢(しきたく)」「牛肉の締まりとキメ」「脂肪の色沢と質」「脂肪交雑(脂肪の入り具合)」の4つを総合的に見て表される。
これまでは食肉業界も消費者も、脂肪の多い霜降り肉であるA5を高く評価してきた。しかし近年、健康志向などで注目されるのは、A4以下の赤身の割合の多い肉だ。
なかでも評価が高いのが和牛だ。日本で伝統的に飼われてきた黒毛和種、褐毛(あかげ)和種、日本短角種、無角和種の4品種と、その交雑により生まれた牛である。
和牛の銘柄牛は300以上。うち日本三大和牛とされるのが近江牛、松阪牛、神戸牛である。そのうち、約400年前からという畜産で最古の歴史を誇る近江牛は、滋賀県内で最も長く肥育された黒毛和種で、肉質等級がA4・B4以上のものと定められている。
無理に脂身を求めない
滋賀県近江八幡市に、近江牛を育てる後藤牧場を訪ねた。後藤喜雄さん(54歳)が育てるのは、県産の但馬牛を祖先に持つ黒毛和牛のみ。近年は九州地方が仔牛の産地として名高く、近江でもそちらから黒毛和牛を買う生産者が主流となっている。
「地元の但馬牛はやや個体が小さいんです。商売的には大きいほうが儲かりますが、肉の味が濃く、香り高いのが何よりの魅力です」
青く澄明な夏空のもと、種付けされた妊娠中の雌牛が厩舎の外でのんびりと日光浴をし、自由に動き回る。仔牛が生まれるとすぐ母牛と離して粉ミルクを与える畜産家も多いが、後藤牧場では生後4か月までは母仔一緒に過ごす。
「自然に近いやり方なので予想通りにいかないこともありますが、母乳を飲み、親から舐(な)めてもらうと仔牛の発育もいい。舐めるのは体の手入れのためですが、緊張緩和やストレス軽減効果もあります」
餌は配合飼料や稲わら、そして自ら牧草も育てる。牛の糞尿は米農家に肥料として渡すなど、循環型農業を実践している。高値で取引される脂肪量の多いA5の牛を目指す畜産家は、意図的に栄養素のビタミンAを欠乏させるが、後藤牧場でそこまではしない。
「あまり無理をさせると、どうしても病気に罹りやすくなります。私は無理にサシ(脂身)を求めたくない。元気に育てば、自然と良質な肉になる。あとは我々の愛情ですね。人間の子育てと一緒です」
琵琶湖周辺のここは干拓地であり、土壌の微生物が豊富だ。その地の栄養豊富な草を食(は)み、水源に恵まれた自然環境で健やかに育つ牛が美味なのも、得心がいく。
和牛と定義される品種、和牛と国産牛の違い
黒毛和種、褐毛和種、日本短角種、無角和種の4品種、またはそれをかけ合わせて品種改良した交雑種だけが和牛と定義される。和牛特有の脂の甘みや霜降り肉は、この品種によるところが大きいと一般にいわれる。
一方、国産牛とは日本国内で3か月以上飼育され、加工された牛のこと。ホルスタイン種などの輸入種、黒毛和種とホルスタイン種の交雑などもそのように飼育、加工されれば国産牛となる。その他、輸入牛も多く流通する。
※この記事は『サライ』2022年9月号より転載しました。