文/印南敦史
「ラーメンオタク(ラオタ)」という名称が一般化して久しい。また一方には、「そこまではいかないけれど、ラーメンは好きなほうだ」という方も少なくないだろう。
つまり何度かのブームを越えてきた結果、ラーメンはそこまで一般化したわけである。専門書やムックなどが相次いで発売されるのも、おそらくはそうした時流によるものだ。
しかし『教養としてのラーメン ジャンル、お店の系譜、進化、ビジネス――50の麺論』(青木 健 著、光文社)には、専門知識をより深化させてくれるようなことは載っていない。
ラーメンが好きで、今より深く知りたいけれど、評論家の専門書となると、ちょっと腰が引ける。もっと気軽な入門書が欲しい。そんな人向きの本です。(本書「はじめに」より)
だが考えてみると、これはとても大切なことなのではないだろうか。そもそも、どれだけ「おいしい店」を羅列してみたところで、それは特定の選者の好みを反映したものでしかない。
そうでなくとも栄枯盛衰が激しいラーメン激戦時代においては、消えていく店も多い。したがって最新の情報も、数年でホコリをかぶってしまうことになる。そんな状況下においては、日常的に新店舗を追い続けている熱心なラーメンブロガーの記事のほうが参考になるという場合もある。
だとすればなおさら、「好き」という原点に立ち戻るべきなのではないか。本書の根底にあるのも、そんな考え方のようだ。
私は味よりも「愛し方」の変遷によってラーメンの世界に目覚めました。こどもの頃から普通に好きで、先輩や友だちの口コミで美味しい店に行き、大行列店にも並んで……それでもまだ「ラーメン好き」の自覚はありません。ひとり暮らしをして、ラーメンの本を何冊も読み、食べた店の記録を付け始め、本格的にラーメンの食べ歩きをするようになり……そして1年ほどが経ったある日、自分にとってこれが「部活」だと感じたのです。そこでその活動を「ラ部」と名付け、ようやく自分がラーメン好きなのだと覚醒しました。(本書「はじめに」より)
そこまで深刻に考える必要もない気はするが、どうあれそれが、著者のラーメンに対するスタンスだということだ。そこで本書では、さまざまな角度からラーメンに対する思いを綴っているのである。
今回はそのなかから、多くのサライ世代が気にしているであろう「ラーメンと健康」に関する記述に注目してみたい。この問題について著者は、内科医の柄澤麻紀子氏に話を聞いているのだ。
「検診で、中性脂肪が高い人に、ラーメンお好きですかと訊くと、必ずハイと答えますね」。のっけから耳が痛いです。
「炭水化物中心だと中性脂肪に、塩分が高いと血圧に響きます。油も多いので、摂取カロリー過多になりやすい。食べすぎると肥満や糖尿病につながりますし、それが進んだら、もうラーメンなんて食べられません。あたりまえの話ですが、基本的に持病があったり、なにかしら数値が高い人は、脂っこいものや塩分の高いものは控えめにしてくださいね」。ですよね……それなりに自己管理しないと。(本書164ページより)
当然だが、普段から筋力をつけて基礎代謝を上げておくことも欠かせない。たとえば、ラーメン店への行き帰りは1駅歩くのもいい。また、尿酸値が高い人の場合はとくに、水をよく飲むことも大事だという。
では、食べ方で工夫することにも効果があるのではないか。著者はそう問いかけるが、そう単純な話でもないらしい。
「スープは塩分過多なので残すほうがいいですし、野菜から食べれば食物繊維が先に腸へ届いて血糖値が上がりにくいです。ただ、ラーメンで調整しようとするのは無理がありますね」(本書165ページより)
「ラーメン好きの方は、きっとスープまで飲み干したいものですよね。でしたら、せめて3日を1単位にして、その中で栄養バランスをとりましょう。今日はラーメンを食べたから数日間は野菜を多めに摂取しようとか、油ものは控えようとか」(本書165ページより)
なるほど、「ラーメンと健康」の問題について考える際には、「その一杯」ですべてをなんとかしようと思いがちだ。しかしそうではなく、ラーメンを食べる日の前後数日の食生活を視野に入れ、食を“線”として捉えればいいわけである。当然ではあるのだが、なかなか気づきにくいことでもあるのではないか。
「せっかくラーメンがお好きなら、そのときだけは欲望を解放して、楽しみとして満喫したほうがいいと思いますよ。食べる愉しみは、よい人生のために欠かせないですから」(本書165ページより)
体調は味覚にも影響するのだから、おいしくラーメンを味わうためにも健康維持に努めたい。著者もそう記しているが、たしかにそのとおりだ。
健康面をしっかり整え、さらにはラーメンに関するさまざまなうんちくを本書から学んでおけば、次に食べるラーメンをさらにおいしく感じることができるかもしれない。
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。