年を重ねると「ああ、知っている。それ、何かで聞いたことあるな」と思うことが増えてまいります。長年の知識と経験から、世の中の多事争論において、大概、自分なりの結論を自然とわかることが少なくありません(正直にいうと、忘れてしまうこともありますが……)。
加えて、健康情報や人間関係を良くするヒントなど、『サライ.jp』 も含めて、好きで関心のある情報を自分で学び、身近に楽しめる時代です。第九回「心磨く名言」では、今一度「知ること」について、ご一緒に考えてみませんか。
ここで、読者の皆さんに「知ることの意味とは?」と質問いたしましょう。正解はありませんので、ご自身なりの回答をお考えください。例えば、江戸時代の儒学者・貝原益軒(かいばらえきけん)は、「知ること」について、次のような名言を残しています。
知って行わざれば知らざるに同じ。
(『慎思録』より)
不思議と私たちは物事を「知っている」ことだけで、満足してしまうところがあります。また知識を総動員して、難しい問題を解決する方法や良いアイデアが出ると、それを語って伝えることで、なんだか人の役に立っていいことをしている気持ちになります。
しかし、そんなときこそ、この名言にはっとさせられるのです。どんなに善いことや課題を解決する方法を知っていても行いが伴わなければ、客観的な事実は何も変わっていないのです。知っていることに満足するだけで、果たして何が生まれているのでしょう。時に私たちは「知っているだけで、なんだかやったような気持ち」になることもあります。「いいこと」は大概の場合、多くの人がすでに知っていることなのです。
折角なので、この名言の前文にある言葉をご紹介いたしましょう。
人生まれて学ばざれば生まれざるに同じ。学んで道を知らざれば学ばざるに同じ。知って行わざれば知らざるに同じ。
(『慎思録』より)
「人生まれて学ばざれば」=「生まれざるに同じ」とまで、貝原益軒は言っているのです。人生100年時代の令和の今に通じる言葉が、およそ300年前の時代に進言されています。
今一度、この名言とともに「知る」と「行う」をとらえ直してみませんか。人生の後半、この言葉に実直であれば、自分自身が「人として生まれてきたこと」について新たな気づきを得られるように思います。
※ことばの解釈は、あくまでも編集部における独自の解釈です。
貝原益軒の人生
貝原益軒は江戸前期の儒学者・本草学者。生年は寛永7年~正徳4年(1630~1714)。黒田孝高(官兵衛・如水)の子・長政を初代藩主とした黒田氏が260年余り統治した、福岡藩の学者です。名は篤信、字は子誠、通称は久兵衛。号は損軒、晩年に益軒と改めています。当初朱子学を学び、歴史学、医学・本草学・日本学(国学)といった分野の研究を行い、名声を高めてゆきます。
また、貝原益軒は「民生日用(みんせいにちよう)」に資する学問という考え方で、実際の生活に役に立つことを重視していたようです。益軒の儒学者としての仕事は愛弟子の竹田春庵に受け継がれ、朱子学を学ぶ学問所「修猷館(しゅうゆうかん)」の系統へと繋がってゆきます。
今に伝わる『養生訓』『慎思録』『大和本草』など、晩年の著作も多く、後世の学問で、様々な分野において大きな影響を与えています。『養生訓』は自らの体験に基づく話で、『慎思録』や晩年の教訓物には人間性の尊重や愛について強調されています。
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「知っているだけで、行動しない」ことは、「知らないことと同じ」というのは、痛烈な批判でもあるように感じます。「知って行わざれば知らざるに同じ」、知ることだけにとどまることなく行動し、その意味を自分で確かめていく人生を心がけていきたいですね。皆さんは、いかが感じられたでしょうか?
肖像画・アニメーション/もぱ・鈴木菜々絵(京都メディアライン)
文/奈上水香(京都メディアライン)
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引用・参考図書
『名将名言録 一日一言』火坂雅志 編/角川学芸出版
『益軒・南冥と筑前の学者たち』リーフレット/福岡市博物館
http://museum.city.fukuoka.jp/archives/exhibition/2014/ekiken_nanmei/pdf/ekiken_nanmei-leaflet.pdf