文・絵/牧野良幸
俳優の田村正和さんが亡くなった。田村正和さんは数多くの映画やドラマに出演した人気俳優だった。いつまでも二枚目で若々しい姿を見せてくれていただけに、訃報は残念でならない。慎んでご冥福をお祈りします。
そこで今回は田村正和さんの代表作『古畑任三郎』を取り上げたい。しかしその前に田村三兄弟にも少しだけ触れておこう。
田村正和は日本映画を代表する俳優、阪東妻三郎の息子として有名。そして同じ俳優の田村高廣、田村亮とともに田村三兄弟と呼ばれ親しまれてきた。
たいがいの人は最初、三人が兄弟とは知らずに映画やテレビを見ていたと思う。そして芸能界にちょっとでも詳しくなると、三人は阪東妻三郎の息子で兄弟だと知る。
それからは三人の誰の出演作でも、見ている時、田村三兄弟のことが頭をよぎるのである。例えば田村正和が出ていたら、
「田村正和は田村高廣、田村亮と兄弟なんだよ。知ってた?」
「へー」
「三人とも阪妻の息子なんだよ」
「へー」
阪東妻三郎の映画を見た世代ではないのに、阪妻を出すのはウンチクをひけらかすために“盛った”わけなのだが、田村三兄弟に関しては正直に相手を驚かせたくて言ってしまうのである。
というのも田村高廣、田村正和、田村亮はそれぞれが素晴らしい俳優で、“阪妻の息子”とか“田村三兄弟”という肩書は必要ない。ただ、こんなに才能の豊かな俳優が兄弟という幸運を一緒にかみしめたくて田村三兄弟の話題を出してしまうのである。
ということで『古畑任三郎』に話を移そう。
『古畑任三郎』は大ヒットしたテレビドラマ・シリーズだ。なんと言っても田村正和が演じる古畑任三郎のキャラクターが面白い。古畑任三郎は腰が低いけれども鋭い勘を持った警部補。毎回、完全犯罪をもくろんだ犯人をじわじわと追い詰めていく。その一方で部下との絡みではユーモラスなところを見せて、視聴者の共感を得た。
このドラマは犯人役を有名俳優が演じるところも話題だった。歌舞伎役者のような重鎮から日本映画を代表する俳優まで、主演クラスの男優や女優がゲストとして出演した。
ほかにも国民的アイドルグループや人気お笑い芸人が出演。ついには現役の日本人大リーガーまで犯人役を演じて話題となった。俳優に限らず、プロフェッショナルな人にとっても『古畑任三郎』は特別なドラマだったのだろう。毎回ゲストが犯人役を楽しんでいることが想像でき、それも『古畑任三郎』の面白いところだった。
ドラマはたいがい最初に犯行場面が描かれる。犯人は完全犯罪をしたつもりであるが、古畑任三郎の鋭い追求を受け、ついにバレてしまう。最後は観念した犯人が潔く警察に向かうところでエンディング。それが毎回の流れだ。
脚本は三谷幸喜。三谷幸喜は犯人を罪を犯す人間として描いても、けっして悪人としては描かない。ドラマを見終わってさわやかなのはそのせいだ。
もうひとつ脚本の面白いところで、古畑任三郎が視聴者に向かって語りかけるシーンがあった。
ドラマがいよいよ終盤を迎えようとするときだ。バックが暗転して古畑任三郎が突然カメラに向かって語りだすのである。視聴者に事件の解説をしたり、この後の捜査のヒントを話したり。最後は
「古畑任三郎でした」
でまとめ、再び劇中に戻る。三谷幸喜らしい演劇的な仕掛けだ。毎回やるとわかっているのだが、いざ始まると目が離せない。
そういえば『古畑任三郎』を見ているときは、先に書いた“阪妻の息子”とか“田村三兄弟”という単語が頭をよぎらないことに気づいた。このドラマ、のんびり見ているようで、実は相当集中して見ていたのではないか。
古畑任三郎の話術は犯人だけでなく視聴者も離さなかったのだ。シリアスな現代劇から眠狂四郎のような時代劇まで、巧みな演技でひきつけた田村正和らしい。
そんな素晴らしい俳優、田村正和さんが亡くなってしまったのは本当に残念である。田村正和さんのご冥福をあらためてお祈りします。
【今日の面白すぎる日本映画】
『古畑任三郎』
1994年4月13日~ 6月29日(第1シーズン(『警部補・古畑任三郎』):12回)、
1996年1月10日~3月13日(第2シーズン:10回)、
1999年4月13日~6月22日(第3シーズン:11回)、
(ほか、スペシャル、ファイナル、総集編など)
水曜 21:00~21:54
フジテレビ放映
出演者:田村正和、西村雅彦、石井正則、小林隆、伊藤俊人、白井晃、八嶋智人、ほか
脚本:三谷幸喜
演出:星護、河野圭太、松田秀知、鈴木雅之、佐藤祐市
音楽:本間勇輔
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。ホームページ http://mackie.jp