今回の題材は、ソニー・クラークの『クール・ストラッティン』。1958年に録音され、ブルーノート・レーベルの、そしてモダン・ジャズの屈指の名盤として聴き継がれる作品です。ある程度ジャズを聴いてきた方なら、なにを今さらというほど語り尽くされた感がありますが、まあ聞いてください。まずはジャケットを見てみましょう。内容のみならず、このジャケットもモダン・ジャズの象徴としてたいへん有名ですね。これです。
かっこいいですよね。……ん? と違和感を抱いたあなたはかなりのジャズ・ファンといっていいでしょう。そうです、これはエラー・ジャケットと呼ばれる印刷ミスのあるLPジャケットなのです。正しいものはこちらです。
エラー・ジャケットのLPは、まだまだLP時代の1987年にアメリカで発売されたものです。文字は、それ以前に出ていたステレオ・ヴァージョンとほぼ同じ(ロゴ色のみ異なる)ですが、写真だけが裏焼き(左右反転)になっています。つまり、それ以前のものの全面コピーではなく、もとの写真から新たに印刷用の版を作っているのですね。だから間違ってしまったわけですが、その作業のおかげで写真はたいへんキレイに仕上がっています。さらにロゴの色も写真の黒い部分に重なるため、黒から白に変えているという念の入れよう。つまり質の高い仕事ではあるのですが、さすがにこれはまずいですよね。でもなんとそれで出来上がって市場に出てしまったのでした(どうしてそれまで誰も気がつかないんだ!?)。
さて、ここまでは長い前置きでした。もし、このエラー・ジャケット盤しか持っていない人にとっては『クール・ストラッティン』のジャケット・デザインはこれであると認識しているわけで、ほか大多数の人とは話が合わないという事態を招きます。でも、じつはジャケットは同じでも「話が合わない」ことが、こと『クール・ストラッティン』では多いはずなのです。というのは、私が聴いているCDとあなたの聴いているCDはおそらく「違う音」だからです(ここからはCDに限定しての話ですが、LPでも同様の状況はあります)。
『クール・ストラッティン』は日本では1984年に初めてCD化されました(東芝EMI CP35-3089。ちなみに値段は3,500円)。そしてそれから現在まで、価格・品番・仕様変更などで再発売がくり返されてきていますが、その回数はジャズCDのベスト5には間違いなく入ると思われます。少なくとも国内盤で15回以上、海外盤も入れるとゆうに20回以上に及びます。そしてその多くが「音が違う」のです。
違いの要素はいろいろあって、まずステレオとモノラルという大きな違いがあって、次に大きいのがマスターテープ。オリジナル・アナログテープからのデジタル化があり、デジタル・マスターからのリマスターがあり、さらにその方法も16bit、20bit、24bitなどさまざまです。いっときはリマスタリング・エンジニアの違いも大きな要素として注目されました。そしてディスクの構造も通常のポリカーボネート+アルミCD、24KゴールドCD、SHM-CDなどがあり、同じ12cmディスクでみれば、DVD-Audio、SACD、Blu-Ray Audioなど、どんどん新しいものが出てきています。つまり、あなたと私が「同じ音質で聴いている=話が合う」ほうが少ないのです。
そんなに違うのか?という声が聞こえてきそうですが、違います。違わなければこんなにじゃんじゃん変えませんよね。いうまでもなく演奏の価値は音質では決まりません。が、「いい音」が聴く姿勢を変えてしまうことは、どなたも経験的に感じていると思います。
じゃあ、何を聴けばいいのか? スペックが上がることが必ずしも「いい音」ではないことはジャズ・ファンならおわかりですよね。だからオリジナルLPだよね、という声が聞こえてきましたが、これまで出たCDを全部買える金額でも、そこには手が届かないのが多くの人の現実です。自分の「いい音」を探すこと。これもジャズ鑑賞のひとつの楽しみといえましょう。
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。