沖縄を旅した知人から、こんな声を聞きます。
「海はキレイし、人は温かくて親切だけど、食べ物がね……」
「いいリゾートホテルも増えて、ホテルライフは快適ですよ。でも、料理屋の味が今ひとつ……」
最後は口を濁していますが、要は「あまり料理が美味しくない」ということです。観光としての沖縄は魅力的ですが、食に関しては不満があるそうです。
もちろん、沖縄の料理が大好きで、食を目当てに度々訪れる人もいます。わたしの友人でも、むしろ、こちらのほうが多数派です。
ですから、美味しい店に辿りつけていないだけでは?と思っていましたが、冷静になって考えてみると、食に関するレベルはそう高くないと言わざるを得ません。
全国的にみて、観光地としての沖縄は恵まれています。
大がかりな宣伝をしなくても、観光客はどんどんやって来ます。
料理が美味しくなくて二度とその店に来ない人がいても、新たな観光客を相手にすればいいのです。そんな不心得な店があるのは事実。食べ放題やボリュームが売りで、味が二の次の店も増えています。
沖縄らしさを前面に出せば、そこそこの味で観光客は満足するだろう−−残念ながら、そんな魂胆が見え隠れする店も多いようです。
しかし、地元食材を選ぶ段階から心を配り、丁寧に調理した“口福なひと皿”にちゃんと出会える店はあります。
今回紹介するこ『ままや』さんは、こうした心ある料理店のひとつ。那覇の街中で、お酒と季節の沖縄の味をゆっくりと楽しめる数少ない一軒です。
お店はビルに囲まれた一軒家。小さいながらも緑豊かな庭があり、設えも洗練されて、それでいてどこか懐かしい雰囲気を漂わせています。
この店を切り盛りするのは、柳生徹夫・郁子夫妻です。まずは、ご主人の徹夫さんに話を伺いましょう。
「20年前に、沖縄の家庭料理を出す小さな店を開いたのが最初です。7年後には場所を久茂地に移して、席数も35席に増え、和食専任の料理人も雇いました。そしてまた7年を経て、今の一軒家で店を構えることになったのです。
じつは、この建物は私の実家なんですよ。和室の良さを残して改装し、ゆっくりと食事をしていただけるようにしました。現在は、琉球料理をコースでお出ししています」
開店当初から沖縄の家庭料理を作っていたのは、奥様の郁子さんです。20年の時を経て、郁子さんの作る料理はより磨かれ、まさに琉球会席と呼ぶにふさわしいものになっていきました。
コース料理は5,000円からありますが、ここでは7,000円コースの献立を紹介しましょう。まずは前菜から。
もずくは、久米島の天然物です。普段食べている養殖に比べて、なめらかな食感で、つるりと喉を通っていきます。
落花生を摺って作るジーマーミー(地豆)豆腐は、いわば沖縄版、胡麻豆腐といったところでしょうか。舌触りがよく、落花生のほのか香りがします。
クーブイリチーも居酒屋で食べるものと、ひと味違います。油に嫌味がなく、それでいてコクがあるのです。
島らっきょうの漬け加減も程よく、泡盛が進みます。
そして、真っ黒な胡麻をまとった「みぬだる」は、琉球王朝時代の宮廷料理。豚肉を蒸すことで余分な脂が抜け、そこに黒胡麻の旨味が加わります。
お造りはまぐろ、島ダコにアカジンミーバイ、マクブ、赤マチといった白身が加わります。沖縄のまぐろについては、このシリーズの過去の記事で紹介しましたが、島ダコもぜひ食べていただきたい海の幸です。
歯ごたえ、旨味をとっても、その味わいは真だこに匹敵するほど。関西生まれで、明石のタコを食べてきたわたしが太鼓判を押します!
煮物はらふてぇ、豚の三枚肉(バラ肉)の煮付けです。豚肉の脂を落として、やわらかく仕上げています。味付けはしつこくなく、それでいてしっかり調味料が入っているので、泡盛の使い方が上手なのでしょう。
炒め物にはゴーヤーちゃんぷるー。これがまた秀逸です。ゴーヤーを歯ざわりよく炒め、そこにふんわりと卵を絡めています。火の通し具合が絶妙です。小さな島豆腐もちゃんと入っています。あれ、豚肉が見つかりません。
「そうなんです。豚肉なしのちゃんぷるーです。ゴーヤーは軽く火を通して、食感と苦味を活かすようにしています。炒め油は普通のサラダ油ですよ。ただ、コクを出すために隠し味程度にラードを入れています」
郁子さんはこう簡単にいいますが、この味はなかなかに奥が深い。味付けの塩は沖縄本島南部・糸満沖の海水から作られた『青い海』を使っているそうです。
石垣牛の焼物は、その切り口が美しいピンク色をしています。赤身の旨味もしっかり味わえる、沖縄が誇るブランド牛です。
サラダには、苦味が特徴のニガナを使っています。細切りにしているので、直接的な苦味はありません。トッピングの蕎麦の実も香ばしく、若干の苦味が後を引く大人の味わいです。
「どぅる天」は、茹でたタームン(田芋)をつぶしてキクラゲや豚肉などの具を混ぜ込んだ「どぅるわかしー」という料理を油で揚げたものです。
どぅるわかしーは宮廷料理の流れを汲むといわれ、さまざまな味わいがひとつにまとまった美味しい料理です。
ただ、全体の色がグレーというか、見た目が地味です。その美味しさを知っている人にはご馳走と映りますが、初めての人には、説明が必要かもしれませんね。
キツネ色にカラッと揚げることでルックスが格段にアップ、今や沖縄の味の定番となりつつあります。
締めのご飯は秋から冬にかけては、イカスミジューシーが用意されます。イカスミは新鮮な白イカのスミでないと生臭く、美味しくありません。長年の付き合いのある魚屋さんから、鮮度のいいものが届くそうです。
デザートは、月桃を使ったアイスクリーム。舌にひんやりと冷たさが届くのと同時に、南国の甘い香りが広がります。
料理はひと品ずつ運ばれるので、泡盛とともにじっくり味わってほしいものです。3年以上寝かせた古酒(クース)も揃っているので、ぜひお試しを。芳醇な香りと、まろやかな口当たりは熟成の賜物。中でも、『珊瑚礁』はお薦めです。
「季節感のないように思われる沖縄ですが、やはりその時期にしか出回らない食材があります。できる限り、その季節の沖縄の味を楽しんでもらえるように心がけています」
柳生夫妻は、お二人揃ってこう話されます。
献立は旬や天候によって変わることもありますが、柳生夫妻がその日最良と判断したものに間違いありません。
沖縄の力強い旬の味と、細やかなもてなしが待っています。
【ままや】
住所/沖縄県那覇市松山1−8−5
電話/098-867-1350
営業時間/17:30〜22:00(ラストオーダー)
日曜・祝日はラストオーダー21:00
定休日/水曜、第2・第4火曜(ほかに臨時の休日あり)
コース料理は5,000、7,000、9,000円(税抜き)。
要予約
http://www.nahanomamaya.com
文/鳥居美砂
ライター・消費生活アドバイザー。『サライ』記者として25年以上、取材にあたる。12年余りにわたって東京〜沖縄を往来する暮らしを続け、2015年末本拠地を沖縄・那覇に移す。沖縄に関する著書に『沖縄時間 美ら島暮らしは、でーじ上等』(PHP研究所)がある。