文・写真/御影実(オーストリア在住ライター/海外書き人クラブ)

ヨーロッパでの感染爆発が起きたイタリアと国境を接する、アルプスの小国オーストリア。普段はハプスブルク帝国の栄華を感じさせる音楽と芸術の都として、世界中から観光客を受けて入れている首都ウィーンですが、コロナウィルス感染拡大の影響を大きく受けています。

(※この記事は、2020年5月2日時点の情報に基づいています)

2月25日に最初の感染者が出てからのオーストリアの対応は迅速でした。感染者が250人を超えた3月11日には大学と劇場の閉鎖が、3月16日には休校、休業、外出制限が始まりました。これは世界では類を見ないほどの迅速な対応で、日付だけ見るとドイツより一週間、日本より3週間早いタイミングです。

医療関係者や生活インフラ以外の全ての店舗や飲食店の休業と、勤務、生活必需品の買い物、人を助けるため、散歩以外での外出の禁止など、その措置は大変厳しく、国民も一致団結して「家籠り」を実践しました。

ウィーンの観光地の目玉、ハプスブルク家皇帝たちの住んだホーフブルク(王宮)にも、人影はまばら(3月11日撮影)

ウィーンの観光地の目玉、ハプスブルク家皇帝たちの住んだホーフブルク(王宮)にも、人影はまばら(3月11日撮影)

●規制措置緩和までの道のり

早期に厳重な対策を打ったオーストリアでは、外出制限から3週間弱で早くも結果が数字になって表れました。基本再生産数R0が初めて1を切ったのが、外出制限から2週間と5日目の4月4日の事でした。

このニュースに先立ち、3月30日に政府は、「スーパー内でのマスクの着用」を義務化しました。それまでテロ対策のため「覆面禁止法」で禁止されていたマスクを、一転義務化したことで大きな話題となりましたが、現場での混乱は少なく、人々はスムーズに新しい習慣に慣れていきました。

店頭の無料配布や販売もすぐに始まり、2、3日経つとスーパー内では全ての従業員と客がマスクを着用し、今ではすっかり生活の一部となっています。その後公共の交通機関内でも義務化されたこのマスク着用は、当時まだ感染が落ち着いていた日本をお手本にしたと報道されています。

スーパーでのマスク販売のかご(4月16日撮影)

スーパーでのマスク販売のかご(4月16日撮影)

外出制限から4週間もたつと、新規感染者の数は二桁にまで減り、一時は不足が危ぶまれた集中治療室や病床数にも余裕が出てきました。これで状況は一旦、コントロール下に置かれたと言ってもよいでしょう。

●マスクと共に「新しい日常」へ

マスクが国民に行き渡るまで2週間待って、クルツ首相は「可能な限りの自由と、必要なだけの制限」をモットーに、次々と規制緩和を進めていきます。

一度に全てを動かすのではなく、「ゆっくりと段階的に」「一定のルールの下で」営業を再開し、それぞれの緩和措置の間には必ず2週間間を開け、もし数値が悪化すればすぐに「緊急ブレーキを引く」ことを、政府は繰り返し発表しています。

とはいっても、オーストリアが向かっているのは、元のままの生活ではありません。感染拡大に注意しながらも、経済と生活を動かしていく、「新しい日常」です。

スーパーのカートに掛けられた「消毒済み」の札(4月21日撮影)

スーパーのカートに掛けられた「消毒済み」の札(4月21日撮影)

・小規模店舗の再開

外出禁止は継続したまま、イースター休み明けの4月15日からは、店内のマスク着用、人数制限、店内の消毒などの新しいルールを適用することを条件に、400平米以下の小規模店舗や園芸店、ホームセンターの開店が始まりました。

今まで営業していたのはスーパーとドラッグストアと薬局だけだった中で、店舗に人が殺到するかと思いきや、オーストリア人は淡々と外出制限のある生活を維持し、必要なものを買うためだけに少し買い物に行く程度でした。特に需要があったのは、マスクを作るための手芸品、家籠りでDIYやガーデニングするためのホームセンター、外出制限期間に家を大掃除した人が利用するごみ捨て場等でした。

・外出制限の終わりと「新しい日常」の始まり

小規模店舗再開後も感染者数の悪化が見られなかったことから、4月30日をもって7週間の外出制限は終わり、5月からは「新しい日常」が始まっています。自由に外出することはできますが、同居人以外とは1メートルの距離を取る、集会は10人まで、屋内の公共の場でのマスク着用義務などの新しいルールが設けられています。

また、5月2日から全店舗の営業が再開されました。家具店や電気製品店、理髪店では、行列も見られましたが、店外で1メートルの距離を取って並ぶ等、ルールは概ね守られていたようです。また、ホームオフィスは推奨されているものの、外出制限の終了と共に、多くの人たちが職場に戻ることになります。

・スポーツの解禁と新ルール

また、一部のスポーツも解禁されました。屋外で行われる、テニスや乗馬、ゴルフなどに限り、接触を避けるルールに変更して許可されます。例えば、プロサッカーの練習は少人数で行われ、試合は全員検査で陰性確認後、無観客で行います。テニスは、シングルスのみ、握手や更衣室利用の禁止、印をつけた自分のボールだけを触るなど、テニス協会が新ルールを政府に提言した上での再開を勝ち取りました。4月下旬にはプロサッカーの練習が始まり、大きな公園ではプロのジャグラーやダンサーが練習を始めています。

閉鎖されたテニスコート(4月23日撮影)

閉鎖されたテニスコート(4月23日撮影)

・飲食店、ホテル、博物館の再開

デリバリーとテイクアウトのみの営業形態だった飲食店は、5月15日からの再開が予定されています。新しいルールは、同席者の人数制限(大人4人+同伴の子供)、従業員のマスク着用義務、23時までの営業時間やバーの利用禁止などで、各店舗は対応に追われています。

また、5月末よりホテルや博物館など、観光業の再開が予定されています。国外からの観光客が当分見込めない中、内需で少しでも経済を回そうとしている様子が見て取れます。

・学校の再開は学年別

学校の再開は段階的に行われます。大学はオンライン授業を夏前まで継続しますが、小中学校(6-14歳)は5月18日から、高校や専門学校(15歳以上)は6月3日からの再開が決まっています。

しかし、学校生活も今までとは異なる「新しい日常」です。クラスを2つのグループに分け、それぞれ月火水曜日と木金曜日に授業が行われ、週ごとの交代制となります。また、授業は午前中のみで、音楽や体育の授業は行われませんし、先生やクラスメイトとは1メートルの距離を取り、教室以外でのマスク着用が義務化されます。

外出制限の撤廃と共に増える共働き世帯の需要を受け、幼稚園や学童保育も、徐々に受け入れ人数を増やしています。幼稚園では、共働き、シングル親、就学前や言語支援が必要な子供が優先され、感染リスクを恐れて登校、登園をさせない場合は、月謝や給食費は免除されます。

歴史あるウィーン大学も再開は9月(3月11日撮影)

歴史あるウィーン大学も再開は9月(3月11日撮影)

・大規模イベントの再開は夏以降

一方、演劇やオペラ、映画館などの、室内に人が集まる大規模イベントは引き続き8月末まで中止とされていて、音楽の都ウィーンでは、多くの音楽家や役者、舞台関係者に影響が出ています。

そんな中、オーストリア国営放送は、オペラ、オペレッタ、ミュージカルの歌手やスターを集め、厳しい管理下で無観客コンサートを放映し、それぞれの業界とファンたちを元気づけています。

閉鎖されたウィーン国立オペラ座(3月11日撮影)

閉鎖されたウィーン国立オペラ座(3月11日撮影)

●前人未踏のフライト

ヨーロッパで最も早く感染拡大防止に乗り出し、最短期間で最大効果を上げたオーストリア政府ですが、これからの規制措置緩和の道は、前人未到です。

現在の店舗営業や学校の再開が吉と出るか凶と出るかは、2、3週間後の数値を見ることでしかわかりません。外出制限が終わると、感染者数は再び増加すると言われています。一方、GNPは4%落ち込み、失業率は10%を超え、元の数値に回復するには2-3年を要すると試算されています。

感染防止と経済活動という、相反するものを同時に可能にするため、「周りが見えないフライト」の操縦席に座ったオーストリア。それぞれの業界で、距離を取り、接触を減らすための新しいアイデアやルールが生み出されています。この様子はまさに、道なき道を、アイデアという光を頼りに進んでいくようです。

外出制限よりもさらに難しいかじ取りが要求されるこの規制緩和フェーズで、オーストリアは、「可能な限りの自由」を目指し、制限やルールと共に「新しい日常」へと向かいつつあります。

文・写真/御影実
オーストリア・ウィーン在住フォトライター。世界45カ国を旅し、『るるぶ』『ララチッタ』(JTB出版社)、阪急交通社など、数々の旅行メディアにオーストリアの情報を提供、寄稿。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。

 

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