文/印南敦史
古くからヨーロッパ諸国と肩を並べ、日本の45倍もの国土を持つ「北の大国」として君臨してきたロシア。首都モスクワやロマノフの帝都サンクト・ペテルブルクは、華麗で重厚な文化の香りで有名だ。
しかし都市から離れた郊外には、一転して素朴な風景が広がる。タマネギ型の屋根が印象的な教会などがそびえる風景からは、ロシアの原風景ともいえる深みを感じることができるのだ。
そんな夏のロシアを旅するなら、ボルガ河クルーズがおすすめだとおっしゃるのは、ワールド航空サービス社ロシア担当部長の松﨑浩さん。
「ロシアの旅は、モスクワからサンクトペテルブルクの二都市に泊まって観光するのが一般的ですが、ボルガ河と運河を辿っていく船旅は、航空機であれば数時間でひとっ飛びするところを、一週間近くかけてクルーズしていきます。それにより、ロシアの広大さ、素朴な田舎の風景にふれて、ロシア文化とはこういうところで育まれてきたのかと思いが至ります。ロシアを深く知り、旅を終えた後にはロシアをきっと好きになっていると思います。」(松﨑さん)
そんなボルガ河クルーズの魅力とは、どのようなものなのだろうか? 以下に紹介していこう。
モスクワの港
モスクワの港は、ボルガ河を進む「水の道」を通じてサンクト・ペテルブルク港まで続く。ロシアを代表するこの2大都市間は、いまでこそ鉄道を利用すれば最速で4時間半、寝台列車でも8〜9時間あればたどり着けるが、鉄道や飛行機ができる前は川を辿る水路が欠かせなかったのだ。
ちなみに、モスクワとサンクト・ペテルブルクの高低差は160メートル。この水路を整えるべく、ロシアは貯水湖や水門を造り、運河を掘った。いわば国運をかけた大事業だったのである。
古都ウグリチとウグリチ水門
ウグリチは、イヴァン雷帝の息子であるドミトリー・イヴァノヴィチ皇太子が殺害されたこととして知られる。他にも不可解な悲劇が生まれているが、そのような歴史とは対照的に、町の美しさは格別である。
10世紀、ボルガ川を見下ろす高台に建てられたカラフルなウグリチのクレムリン、ロシアで最も古い修道院のひとつであるアレクセイエフスキー修道院、コンパクトな建物のなかにさまざまなストーリーが詰め込まれたウグリチ伝説博物館など、この地に刻まれた数々の歴史を知ることができるのだ。
また、ロシアの酒造会社のオーナーであるピョートル・スミルノフが生まれた地だということで、100年以上の歴史を持つウォッカの魅力を堪能できるロシア・ウォッカ博物館もある。
ゴーリツィとキリロ・ベロゼルスキー修道院
ロシア最大級の教会として有名な、キリロ・ベロゼルスキー修道院があるのがゴーリツィ。豊かな自然に囲まれ、ゆったりと時が流れるのどかな町だ。そして、湖畔から少し進むと現れるのが、白く美しい城壁が印象的なキリロ・ベロゼリスキー修道院である。
その歴史は、古く14世紀にまで遡ることが可能。モスクワの貴族ヴェリヤミノフ家の子孫である創立者の聖キリルが、60歳になってから設立した。
かつては、200人もの修道士が暮らしていたのだという。城壁内には礼拝堂や聖堂があり、そのいくつかは現在もおよそ10名の修道士によって使われている。そのため、かつてのロシア正教会の暮らしがどのようなものだったかを推測することができる。
キジ島の木造協会
フィンランドとの国境に隣接し、ロシア連邦カレリア共和国のオネガ湖に浮かぶキジ島。16世紀のころは、周辺の島々に住むカレリア人の集落の中心地として栄えた。
シンボルであるプレオブラジェンスカヤ教会とポクロフスカヤ教会の原型は、当時からすでに存在していたというが、焼失または老朽化によって破壊されたため、1714年に現存するプレオブラジェンスカヤ教会が建設された。
高さ37メートル。ロシア正教特有の、ネギのような形をした22のドームを有する建造物だ。このようなドームを持つ教会はロシアに多いが、特徴的なのはその構造である。建設に際して釘は1本も使われておらず、すべてが木で作られているのだ。長い時を経た木材は、経年変化によるいぶし銀のような光沢によって人々を魅了する。
なおプレオブラジェンスカヤ教会は夏用の聖堂だったため、1764年には、隣接する形で9つのドームを持つポクロフスカヤ教会が、さらに1874年には鐘楼が建設され、160年をかけて3つの木造教会群が建設されることとなったのだ。
14世紀に創建されたロシア最古の木造建築である、ムーロム修道院のラーザリ復活教会がそうであるように、温かみのある木造建築には日本人の琴線に触れる懐かしさがある。
マンドロギ村
ロシア近代文学の先駆者であるアレクサンドル・プーシキンは、「ルスランとリュドミラ」に代表されるメルヘンオペラを残したが、その世界観をテーマパークとして再現したのがマンドロギ。
草木が生い茂り、美しい花が咲き乱れる、おとぎ話の中に入り込んでしまったかのような雰囲気が魅力だ。森に入り込むと、プーシキンの世界の登場人物が次々と現れるので、童心に返って楽しむことができる。
サンクト・ペテルブルク
サンクト・ペテルブルクは、首都がモスクワに移された1914年まで首都が置かれ、ロシア第2の都市として発展した街。豊富な水の流れが美しく、「北のベネツィア」との異名を持つ。
美術の街としてもその名を知られ、大英博物館・ルーブル美術館と並ぶ世界3大美術館のひとつであるエルミタージュ美術館は必見。もともとは皇族専用だったが、コレクションの増加とともに増築を繰り返した結果、一般観覧も可能な現在の国立美術館になったという経緯がある。
また当然ながら、文学やバレエなどの芸術も楽しみ甲斐満点。市内を流れるネヴァ川に沿ったクルーズも、ぜひ体験しておきたいところだ。
ご紹介したように、ボルガ河クルーズは見どころも多く、予想以上に奥が深そう。ロシアの歴史を辿ることになるのだから当然といえば当然だが、単なる観光とは違った体験ができるのだろう。
サッカーワールドカップ大会の開催地としても注目を集めるロシア。この夏の旅先として検討してみてはいかがだろうか。
【参考ツアー】
世界遺産キジ島と母なる大河ボルガの船旅
文/印南敦史
協力/ ワールド航空サービス(http://www.wastours.jp)