取材・文/小坂眞吾(サライ編集長)
サライ世代の旅心をいたく刺激するJR東海の「そうだ 京都、行こう。」キャンペーン。毎回、テレビCMの舞台に選ばれた社寺には観光客が詰めかけ、その影響力は絶大だ。
けれども最近の京都は、インバウンド効果で名所旧跡にはたくさんの人出。とくに桜が一斉開花する春は、紅葉の秋以上に混雑する。そこでJR東海が仕掛けたのは、まさかの「穴場」だった。
京都駅からJR東海道本線で東へわずかひと駅。山科区にある勧修寺(かじゅうじ)が、この春のキャンペーンの舞台だ。
さて、山科とはどんなところか。小生は生涯に一度きり、この山科付近(正確には大津市だが)を訪ねたことがある。『小倉百人一首』の取材で国道1号線と逢坂の関を取材したのだが、百人一首に残る大きな関所があったことからもわかるとおり、ここは交通の要衝だった。
〈これやこの ゆくもかへるも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関〉蝉丸
古代に整備された北陸道・東山道、のちの東海道・中山道。東日本から京都へ上る主要道は、琵琶湖によって蛇行を余儀なくされ、大津・山科で合流するのである。
琵琶湖そのものも、古くから舟運が盛んだった。調べてみると、平安京遷都(794年)よりはるか以前からの歴史があるらしい。古くは天智天皇が琵琶湖畔に近江大津宮(これまた大津市ですが)を営んだが、これも交通の要衝を押さえるため、との説がある。
現在は「京都市山科区」となっているが、じつのところ、京都本体より山科のほうが、歴史は古いのである。
* * *
そんな山科にある、この春のキャンペーンの主役が「勧修寺」。これを「かじゅうじ」と音読するのも最近知ったのだが、このキャンペーンのプレス発表が、東京・代官山の蔦屋書店で開かれた。
ゲストには、今回のテレビCMの編曲を担当したコトリンゴさん、お笑いコンビ「麒麟」の川島明さん、田村裕さんが登場。この3人、出身地は順に兵庫、京都、大阪ということで京都に縁が深く、コトリンゴさんの京都デートの告白をきっかけに、思い出話が尽きなくなった。
春の京都といえば、桜は見たいが人出に辟易する。だが山科なら(醍醐寺を除けば)ゆったり花見ができるだろう。テレビCMをご覧になればわかるが、勧修寺の春は一面の桜に覆われる。
嵯峨、北山(金閣)に代表されるように、古来、引退した天皇や将軍は、京都の周縁に住処を移し、余生を満喫した。それどころか、そうした周縁の地から中央の政権を支配した。京都とは、中央と周縁の緊張関係のもとに成り立つみやこだったのである。
嵯峨のご出身で宇治に居を構え、京都府民ではあるが「京都人」ではない、とおっしゃる井上章一先生の近著『京都ぎらい』がベストセラーになったのも、そうした中心と周縁の緊張関係がいまだに生きている証しだろう。
市街の喧噪を避け、隠遁したつもりで山科に遊べば、ふだんとは違った京都の魅力が見えてくるに違いない。
※「そうだ 京都、行こう。」ホームページ
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取材・文/小坂眞吾(サライ編集長)