写真・文/石津祐介
群馬県吾妻にある浅間隠(あさまかくし)温泉郷は、東京方面から草津温泉に至る国道406号線、通称“草津街道”沿いにある小さな温泉街です。標高1757mの浅間隠山(あさまかくしやま)の麓に、温川(ぬるかわ)、鳩ノ湯(はとのゆ)、薬師という3つの温泉宿があります。
その温泉郷の中で、一番古いのが鳩ノ湯温泉。江戸時代の宝永年間、1704年頃に創業され、温泉名の由来は、ケガをした鳩が温泉で傷をいやしていた事から名付けられたと伝えられています。ちなみに温泉には、鳩以外にも熊、鹿、猿、鷹など動物由来の名前が多く付けられており、ここと似た様なエピソードが多く見られます。
温泉宿は『三鳩楼(さんきゅうろう)』の一軒のみ。江戸から草津へ向かう湯治客や、信州の善光寺参りの旅籠として江戸の頃に開業したそうです。宿は温川のほとりにあり、自然に囲まれた湯治の雰囲気の残る温泉宿です。
建物は、明治の初期に建てられた趣のある木造の入母屋造り。石段を上がり入り口を入ると帳場があり、屋号の看板や温泉成分の表記、味のある古時計や民芸家具など当時の旅籠の雰囲気が感じられます。また 宿の看板は、中曽根康弘元首相の直筆だそうです。
浴場へは、渡り廊下を渡って向かいます。内湯と露天風呂が男女別であり、2階にある露天風呂はガラス張りの半露天となっています。
内湯は、湯が冷めないように長さ2mもあるヒノキの板18枚で蓋がされており、入浴するときは板を開けますが、この板がかなり重く、18枚全部開けるのはかなりの労力です。さすがにこれだけ重いと保温効果は抜群で、江戸時代からこの方法が用いられてきたそうです。
温泉の泉温は44度。源泉掛け流しで、ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩温泉。口に含むとかすかな塩分を感じます。湯の色は白濁しており、その日の条件によって緑色や茶褐色、透明など色が変化するようです。
湯船につかると、ちょうどいい具合のぬる湯。この湯はとくに痔に効能があると言われており、塩化物泉が持つ保温効果と硫酸塩泉が持つ傷の治癒効果が相乗しているのかもしれません。
草津温泉の道中にあるこの温泉は、「草津の仕上げ湯」とも呼ばれています。草津温泉は殺菌効果と皮膚病に優れた効果のある、Ph2.05の刺激が強い強酸性の温泉。そして鳩ノ湯温泉はPh6.8と肌に優しい中性を示しています。昔から湯治で草津の強い酸性の湯で荒れた肌を仕上げるのに、肌にやさしい弱酸性から中性の温泉が好まれました。他に沢渡(さわたり)温泉や四万(しま)温泉なども草津の仕上げ湯として知られています。
草津の帰路に「仕上げ湯」として寄るもよし。また、逗留して湯治気分も味合うもよし。街道を旅した江戸の頃に思いを馳せつつ、訪ねてみてはいかがでしょうか。
【浅間隠温泉郷『鳩ノ湯温泉』】
住所:群馬県吾妻郡東吾妻町大字本宿3314
電話:0279-69-2421
写真・文/石津祐介