文・写真/織田村恭子(アイルランド在住ライター)

道端に黄色い水仙が咲き始めると、イースターの足音が聞こえてくる。

庭のイースター飾り。

日本でもおなじみになってきたイースターは、磔刑にされたイエス・キリストが三日後に復活したことを祝うキリスト教の『復活祭』で、キリスト教圏ではクリスマス同様に大事なイベントである。卵に色付けをして飾り、家族や親族が集まって特別な食事を取る。

美しく装飾されたイースターエッグ。

イースターは宗教的に重要なだけではない。暗い冬が終わり、明るい春が訪れる象徴であり、また子供たちにとっては楽しいイベントでもある。店に並ぶチョコレートでできたイースターエッグ、ヒヨコ、ウサギ、羊は見るだけで楽しい。

様々なイースターのチョコレート。

ヒヨコは殻を破って出てくる姿がキリストの復活を連想させ、多産なウサギは新しい生命や繁栄を意味する。また子羊は昔、神への生贄にされていたことからイースターのシンボルだ。

イースターエッグを載せたヒヨコのエッグスタンド。
可愛いウサギのチョコは毎年人気のアイテム。
ホワイトチョコでできた羊。

イースター前の準備期間

イースターは春分の日の後で、最初に満月が出た次の日曜日とされるため、毎年、日付が変わる。今年は4月20日がイースターだ。イースター前の40日間は四旬節(レント)と呼ばれる準備期間。キリストは荒野で40日間、断食したが、日曜は断食をしない慣習だったためカウントされず、実際には46日前から準備期間となり、この日が断食開始になる。ただ実際には断食ではなく、質素な食生活が奨励され、このレントを実践するかどうかはキリスト教圏でもカソリックとプロテスタント、また国により異なるようだ。

子供たちの楽しみ

さてイースターは子供たちにとっては待ち焦がれたイベントだ。キリスト教圏ではイースター前の二週間、学校が休みになる国が多く、子供たちはたくさんのチョコレートと休暇の両方をエンジョイできる。

特に楽しみにするのはエッグハントというゲームだ。バスケットを抱えた子供たちが、家や庭のあちこちに隠されたイースターエッグを探し回り、一番たくさんイースターエッグを集めた者はさらなるご褒美が貰える特典付きなのである。

幸運を呼び込むパン

ところで昔からイースターの食べ物と言えば、グッド・フライデーに食べるホット・クロス・バン。ドライフルーツやスパイスを入れて焼いたパンの上に、アイシングやホワイトチョコでキリストの苦難を表す十字の飾りがついている。12世紀に初めて作られたと言われるこのホット・クロス・バンには、面白い言い伝えがある。

ホット・クロス・バンを台所に吊るすと、悪霊を払い、火事から守ってくれ、その年に焼くパンは美味しい出来上がりになる。またこのパンを持って航海に出れば、海での安全が保障されるという。さらに一つのホット・クロス・バンを友人と分け合って食べれば、翌年まで固い友情が約束される。ホット・クロス・バンは幸運のパンというわけだ。

一口食べると、スパイスの香りが立ち昇る。

アイルランドのイースター

さてここからはアイルランドに特有と思われるイースターの慣習をご紹介しよう。

今では教会よりパブに行く回数が多いアイルランド人だが、カソリックが7割を占めるこの国では、イースターは薄れがちな宗教観念が戻ってくる時期であり、多くの人々が真面目にレントを実践する。

普段は静かな教会もイースターには忙しくなる。

『灰の水曜日』と『告解の火曜日』

46日前の水曜日は『灰の水曜日』と呼ばれる。驚くのは、この日の朝、多くのアイルランド人がミサに行き、神父が人々の額に灰で十字の印をつけることだろう。これはキリストの受難を思い、悔い改めの必要を説く古くから続く慣習だ。水曜には若者をはじめ、額に灰十字をつけたアイルランド人たちをあちこちで見かけることになる。

この『灰の水曜日』の前日が『告解の火曜日』で、パンケーキ・チューズデー(パンケーキの火曜日)だ。アイルランドでは朝からたくさんのパンケーキを皿に重ね盛りし、レモン,蜂蜜、チョコレートソース、シロップ、マシュマロなどお好みのトッピングをかけてほおばる。スーパーではパンケーキが山積みで売られ、カフェやレストランのメニューにもこの日はパンケーキが登場する。黄金色のパンケーキを目にすると、クリスチャンでなくても食べたくなるから不思議だ。

ホクホクに焼かれた美味しいパンケーキ。

元来、四旬節は忍耐の日々を意味したため、四旬節の前日には、かつての贅沢品だった牛乳・砂糖・卵を使って焼いた美味しいパンケーキを、たらふく食べておこうと生まれたのが『告解の火曜日』の起源と言われる。あれば食べたくなる誘惑を断ち切るためにも、家にある贅沢品を四旬節前に使い切る意味もあった。昔は火曜の朝、教会で告解を終え、すっきりしたところで、お腹いっぱいパンケーキを食べていたというわけだ。

ちなみにお祭りを意味する謝肉祭(カーニバル)という言葉はもともと、カソリックの国で肉食を断ち、禁欲的な生活をすべき四旬節の前日に、お酒や飽食、お祭り騒ぎを楽しんだ歴史的背景からきている。

忍耐の抜け道も確保されているレント

多くのアイルランド人はレントと呼ばれる四旬節の期間中、断食をする代わりに好物を我慢する。イエスがした断食の苦しみを、アイルランド風にアレンジして体験すると言ったところか。

ある80代のアイルランド人男性は、毎年の四旬節には徹底してレントを実践し、期間中、お酒を飲むのは日曜だけだと胸を張る。またお酒以外に、レント中にアイルランド人が絶つ好物のトップはチョコレートらしい。ただ前述のように、日曜はイエスの時代でも断食をしなかったので、お酒にしろお菓子にしろ、日曜は神も大目にみてくれるとアイルランド人は信じている。

イースターの二日前の金曜はグッド・フライデー(聖金曜日)。イエスは最後の晩餐を取った翌日の金曜日に磔刑になったとされるため、グッド・フライデーには肉を口にしない。この日、これを守り、フィッシュ&チップスなどの魚料理を食べる人が多いのもアイルランド人らしい。

今も続く不思議な慣習

60代の女性が、イースターにまつわるアイルランドのこんな伝統を教えてくれた。

16世紀、カソリック教会は四旬節の期間中の結婚を禁じた。その法律はもう存在しないが、彼女の両親が若い頃、アイルランドでは四旬節中の結婚は行われなかった。というのも四旬節期間は質素さに加えて、禁欲的な生活も推奨されていたからだ。今日でもアイルランドでは四旬節期間の結婚式はまずない。これは長い時を経た今も、この国で生き続けているユニークな慣習と言えよう。

ちょっとリアルな鶏チョコ。

ようやく廃止された“不人気な法律”

最後になったが、アイルランドでは1927年から2017年まで、グッド・フライデーに酒類の販売が禁止され、その日はホテルやパブ、飲食店はもちろん、スーパーもお酒を売ることはできなかった。そのためグッド・フライデー前日に人々が大量のお酒を買い込む光景が毎年の笑い話になっていたが、90年続いたこの “不人気な法律” はようやく2018年に廃止され、人々から大喝采で迎えられたのは記憶に新しい。

春を運ぶイースターの訪れを待ちわびる人々。待望の春はもうすぐだ。

文・写真/織田村恭子(アイルランド在住ライター)日本の多岐に渡る雑誌に現地ニュース、歴史・社会問題、旅行、料理等、記事・エッセイを執筆。またNHK地球ラジオを始め日本のラジオ番組へもアイルランドからニュースを発信。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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