文・写真/角谷剛(海外書き人クラブ/米国在住ライター)
ロサンゼルス郊外ハンティントンビーチの一角、大通りに挟まれた四つ角に面して大きな駐車場がある。周りにはガソリン・スタンド、レストラン、雑貨店、酒屋などの店舗が並ぶ。駐車場の出入りは誰でも24時間自由で、ゲートも何もない。アメリカの郊外によくあるタイプの公共空間だ。
その駐車場が土曜の早朝ほんの数時間だけクラシックカーの展示会場へと姿を変える。ドーナッツを食べながら、クラシックカーを見よう(あるいは見せよう)というイベントだ。
イベントを呼び掛けている団体のウェブサイト(https://surfcityclassics.org/events/)によると展示時間は午前6~8時となっているが、まだ夜が明けきらない5時頃から1台、また1台とクラシックカーがどこからともなくやってきて、それまでガラガラだった駐車場が埋まっていく。
駐車場内にはクラシックカーを停める場所が指定されているわけではない。誰でも好きな場所に自分のクルマを停めることができる。ひょっとしたら常連の人が必ず停める暗黙の場所があるのかもしれないが、少なくとも駐車場には何の表示もない。
クルマは見るのもダダだし、見せるのもタダだ。いわば趣味のようなものと言えるだろう。早朝のラジオ体操に集まる人々と同じように、参加するにあたって費用も義務もない。そう言えば、どちらも文字通り「朝飯前」の集まりだ。
ピカピカのビンテージカーからボロボロの古トラックまで
6時を過ぎた頃には駐車場の空きスペースはほぼなくなってしまう。数百台を越えると思われるクラシックカーがずらりと並ぶ様子は壮観としか言いようがない。その時間を過ぎると見物に来た人は近くにある別の駐車場に車を停めて歩いてくる。
もっとも、クラシックカーという表現が厳密に正確かどうかは自信がない。クルマの種類や状態は様々であるし、製造された年代もかなりの幅がありそうに見えるからだ。
まるで1920年代に華麗なるギャッツビーが乗っていたような高級車の隣に1960年代のヒッピーが乗っていたような古ぼけたライトバンが並んでいたりする。
車種や年代などの情報を掲示しているクルマもあるが、そうでないものも多い。筆者はクルマに詳しくないし、データ的なことには興味もあまりないので、どのクルマがいつ作られたもので、何と呼ばれるものかも分からない。ただひたすら、これは古そうだなあとか、あれはカッコいいなあとか思いつつ、ぐるぐると駐車場を見て回るだけだ。
大半のオーナーはただ趣味で愛車を展示しているようだが、「売り物」のポスターを貼っているクルマも少しある。そうしたクルマの横ではオーナーが商談や交渉に応じてくれるようだ。
売り物であっても、そうでなくても、ボンネットを開けて、エンジンが見えるようにしているクルマが多い。同好の士どうしがマニアックな会話をしている声もあちこちから聞こえてくる。
値段を見ると、少しだけ心が乱れる。けっして安いわけではないが、買えなくもないと思えてしまうからだ。例えば普通に新車を購入するのとあまり変わらないような金額が書かれていたりする。
もっとも、買ってしまった後のメンテナンスがどれだけ大変かを想像すると恐ろしくて、筆者にはとても手が出せない。どのクルマもここまで自走してきたことは確かなので、少なくともまったく動かないことはないのだろうが。
疾風のように現れて、疾風のように去ってゆくクラシックカー
展示時間中に駐車場周辺で営業している店はイベント名が冠されたドーナッツ・ショップ(https://www.donutderelicts.com/ )とガソリン・スタンドだけである。
ドーナッツ・ショップのウェブサイトによると、クラシックカーのマニアたちが週末ごとにこの場所へ集まるようになったのは1985年のことだそうだ。40年近く、延々と続いてきたということになる。
イベント終了時刻の午前8時が近づくにつれ、クラシックカーが次々と駐車場から走り去っていく。他の店舗が営業を始める前に駐車場を空けることを求められているのだろう。あるいは彼らの自己判断かもしれない。退出の指示をする人がいるわけではない。
8時を過ぎる頃にはほとんどのクラシックカーが姿を消し、駐車場は普段と同じ姿に戻る。クラシックカー展示会がここで行われていることを知らない買い物客も多いのではないだろうか。
このように、週末の早朝だけ公共の駐車場を利用したクラシックカーの展示会はアメリカのあちこちで行われていて、その多くは「ドーナッツ」や「コーヒー」がイベント名に入っている。アメリカ人にとって早朝をイメージさせるものがそのふたつなのだろう。
グーグルなどで”Classic car show near ○○”と検索すると(○○には地名が入る)、簡単にイベントを見つけられる。クラシックカー見物だけでは観光の目玉にはならないだろうが、旅行や出張のついでに立ち寄ってみてはどうだろうか。
少なくとも筆者は2時間ほどの間、まったく退屈しなかった。きっとカーマニアならもっと楽しめるはずだ。
文・角谷剛
日本生まれ米国在住ライター。米国で高校、日本で大学を卒業し、日米両国でIT系会社員生活を25年過ごしたのちに、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。日本のメディア多数で執筆。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。