日本各地には多くの湧水がありますが、その中で、何故か名水と呼ばれる水があります。ただ、美味しいというだけではなく、その水が、多くの恵みをもたらし、人々の命に深く関わり、生活を支えてきたからに他ならないからでしょう。それぞれの名水からは、神秘の香りと響きが感じられます。
名水の由来を知ることは、即ち歴史を紐解くことであり、地域の文化を理解することでもあります。名水に触れ、名水を口にすれば、もしかすると、古の人々の想いに辿り着くことができるかもしれません。
歴史ある水を訪ね古都を歩きます。
「食文化」について紐解いてみると、その地方特有の「食材」、それを育む「気候風土」、そして「美味しい水」が深く繋がっていることが見えてきます。これまで「古都の名水散策」では、神話や逸話、伝説をテーマとして“水”を取り上げて参りましたが、今回は「食文化」という視点で「名水」を探し訪ねてみることにしました。
とはいえ「日本食」自体が「食文化」であり、国土全体が「食文化」の宝庫。いずれの地を取り上げるべきか、悩ましい限りであります。こうなれば、歴史を遡るしかありません。古代に皇室や朝廷に豊かな食を納めていた「御食国(みけつくに)」を基にして選んでみることしました。
「御食国(みけつくに)」とは、日本古代から平安時代まで、贄(にえ:神や朝廷に奉る、その土地の物産、特に、食用の鳥・魚など)を、皇室・朝廷に海水産物を中心とした御食料(穀類以外の副食物)を貢いでいたと推定される国のことです。
例えるならば、現在でいうところの“ブランド産品”の地になろうかと思います。その「御食国」として、平城京跡から出土した木簡の記述などから若狭国・志摩国・淡路国の3つの国が有力視されています。ということで、古くから古都・京都とも深い繋がりがあり、特色ある食文化を有する地として小浜を選びました。
歴史がつくり上げた食の道「鯖街道」と食文化
「御食国」の一つと推測されていることからも、小浜が古くから平城京、平安京との結びつきが深かったことがわかります。平安時代末頃になると、海運が発達すると共に小浜は港町として繁栄していったようです。
室町時代には、南蛮船も来航していたことが資料に残っています。『若狭国税所今富名領主代々次第』という史料には、日本国王への進物として、日本に初めて象が来たのも小浜の地であったことが記されています。室町時代、若狭武田氏がこの地を統治していた頃には、数多くの禅宗寺院が建立・再建され、都の高僧や学者らとも盛んに交流があったことを示す資料も残存。
関ヶ原合戦後は、京極高次が若狭小浜藩の藩主となりましたが、寛永11年(1634)松江へ転出。その後、酒井忠勝が藩主となって以降は、幕末までの238年間14代にわたり酒井家が若狭小浜藩の領主でした。
こうした歴史背景の中、戦国時代から江戸時代にかけ、若狭の海でとれた豊富な海産物が京都へと運ばれ、やがて「食の歴史街道」が形成されていきます。
食文化がつくった歴史街道「鯖街道」の起点となる小浜の食文化
「京は遠ても十八里」という言葉をお聞きになったことがあるでしょうか?
その昔、小浜の浜に水揚げされた鯖に塩をして、背中に担いで夜通し掛け京都まで運んでおりました。京都に着く頃には、丁度良い塩加減となっている鯖を用いた鯖寿司を人々は好んで食したとか。
そうした食習慣は、京都に鯖寿司という名物・食文化を産み育てました。京都に鯖寿司の名店が多いのもそのためです。
若狭から京都へと通じる道を、今でも「鯖街道」と呼んでおり、2015年には「海と都をつなぐ若狭の往来文化遺産群~御食国若狭と鯖街道~」として日本遺産第1号にも含まれ認定を受けています。若狭の海では昔、大量に鯖が採れたのでしょうね。「鯖の食文化」ともいうべき、鯖のへしこ、浜焼き鯖、なれずしなど、鯖を素材とした郷土料理が豊富です。
奈良の東大寺・二月堂水と深い縁を持つ水を訪ねてみる
さて、小浜と都との繋がりは、食文化だけではありません。若狭小浜と奈良との深いつながりを物語る“水”にまつわる神事があります。毎年3月2日に小浜市下根来地区に古から伝わる「お水送り」という神事で、この神事には実に奇妙な逸話があります。
地区を流れる遠敷川(おにゅうがわ)の“鴨の瀬”において、神宮寺の宮司が「御香水」と呼ぶ水を竹筒から遠敷川へ流すのですが、その「御香水」は、10日の後には奈良・東大寺の二月堂にある「若狭井」へ辿りつくというのです。そして「お水送り」の神事から10日後の3月12日には二月堂において「お水取り」の神事が行われます。
この東大寺・二月堂と深い関係にある遠敷川の“鴨の瀬”と深いつながりのある水が小浜の市街地にも湧き出しています。その湧水は「平成の名水百選」にも選ばれている「雲城水」と呼ばれる湧水です。海岸のすぐそばに湧いていながら、海水の混入が全く無く、美味しい水として地域の人たちから愛され大切にされています。
「ふくいのおいしい水」にも選ばれているこの「雲城水」は、小浜市一番町の船溜まり近くの雲城公園内に湧き出しています。ここ一番町は、古くから湧水が豊富な地区で、家々には掘り抜き井戸が完備され、生活用水として利用されているとのことです。地下30mくらいの砂礫層から自噴するこの地域の湧水を総称して「雲城の水」という呼び方をするとのことです。
上水道が完備される今でも「雲城水」を求め、近隣はもちろんのこと、遠方からも取水にくるとのこと。その理由は「雲城水」が、食材の旨味を引き出す特徴を持つ“軟水”であることから、昆布や鰹節の出汁や緑茶や紅茶などが美味しいともっぱらの評判。近隣のレストランや料亭さえもが「雲城の水」を使用しているとのことです。この「雲城水」の水源となっているのが、遠敷川の“鵜の瀬”付近の山々や森が源と言われております。
小浜市内には126箇所の自噴井戸が確認されています。「雲城水」の他にも、北西に150mほどの処に「津島名水」という湧き水もあります。こちらは、地域住民の方々が管理しており、水場には小さな屋根が設置されていて、取材をしている僅かな時間の間にも、沢山の人が取水に来られていました。海の目の前で100年以上も自噴する湧水、歴史の生き証人のように人々を見つめ見守っているかのようでした。機会がありましたら、小浜の食文化と名水散策へ旅にお出かけになってみては如何でしょうか?
名水を使用した名産品
●雲城水を使った日本酒「百伝ふ(ももつたう)」
雲城水が「平成の名水百選」に認定されたのを契機に、雲城水を市内外にPRしようという気運が高まり、地元の住民グループと酒造会社が共同で作った日本酒。
酒名の「百伝ふ」は、雲城水の源泉が福井県と滋賀県との県境に聳える百里ケ岳にあるとされていること、そして、百尺(約30メートル)地下から噴出していることからきている。口当たりは円やかで、フルーティーな甘わいが特徴で、女性にも人気とか。
所在地・最寄り駅、交通手段
住所・所在地:福井県小浜市一番町1
鉄 道:JR西日本小浜線小浜駅から車で約5分
自動車:舞鶴若狭自動車道小浜ICから車で約10分
取材・動画・撮影/貝阿彌俊彦(京都メディアライン)
ナレーション/和泉透司
京都メディアライン:https://kyotomedialine.com
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