初めて訪れる町や村であるはずなのに、初めてではなく、以前に来たこと見たことがあるような不思議な気持ちになる場所があります。

それは、幼き頃に育った町や村の風景に何処か似ているとか、若かりし頃、旅行や仕事などで訪れたことのある場所に似ているなど、記憶の片隅に在る風景と重ね合わせることで起きる一種の錯覚のようなもの……。あるいは、単なる勘違いか? はたまた思い込みから起こることなのかもしれないのですが……?

いずれにしましても、歳を重ねると共に、何かにつけ、ついつい古い記憶の中にある風景や情景と結び付けがちになってしまうところがございます。これは「懐かし症候群」とでも言えそうな、中高年特有の症状(習慣)なのかもしれませんね。

古い街並みを歩く住民
御手洗の昔ながらの風景

しかし、そうした「懐かし症候群」を引き起こしてくれそうな風景に出会える機会も、めっきり少なくなってきているように思います。地方においても大がかりな再開発や、道路の整備事業などが進み、新しいけれど何処か無機質で生活感のない風景に変わってしまったり、逆に急速に過疎化が進み、寂れてしまった町の風景を見ることが多くなっています。

それでも、サライ世代にとっては「懐かし症候群」にどっぷりと浸れる時間は、とても大切で楽しい時間であるように感じております。

遠い昔の記憶を追いかけ「懐かし症候群」に浸ってみたい方へ、ぜひお勧めしたいのが今回ご紹介する広島県呉市の御手洗(みたらい)地区です。

この地を訪れたサライ世代の方なら誰もが、きっと楽しく、安らぎを感じる……それでいながら、どこか郷愁や哀愁も感じてしまう……。そんな、何とも複雑で居心地のよい時間を過ごすことができるに違いありません。

誰もが「懐かしい」と感じられる「日本の原風景」が存在している背景

最近、さまざまことで“昭和な雰囲気”や“昭和レトロ”が話題になっております。でも、一口に「昭和」といいましても、昭和の初期と後期ではその趣きは随分と異なります。

厳密にいうならば、同じ“昭和”という時代を生きた人でも「懐かしさ」を感じる対象物や雰囲気は微妙に違っているように思います。年齢が10歳も離れると「懐かし話」をしても“世代間ギャップ”のようなことが生じてしまうこともあります。

駄菓子屋玩具ミュージアム 御手洗昭和館
駄菓子屋玩具ミュージアム 御手洗昭和館

ですが、御手洗の風景に関しては、日本人ならば誰もが「懐かしいと感じられる場所」と表現しても決して過言ではないと思うのです。

それは、御手洗には江戸から明治、大正、昭和の初期にかけて造られた建造物が混在して残っており、幾つのも時代の重なりを感じられるからではないでしょうか。建物の一つひとつが、それぞれの時代様式や特徴を色濃く映し出しています。

一般的に、建物は古くなれば建て替えられ、時代の流れと共に塗り替えられるように、その地域の景観をも変えてしまいます。しかし、何故か御手洗はそうはならなかったようですね。

時代の重なりを感じさせる街並みの風景
時代の重なりを感じさせる街並み

帆船往航の時代においては、瀬戸内海の中央に位置している御手洗は「風待ち、潮待ちの重要な港町」として発展した歴史を持ちます。しかし、動力船、鉄道、電信電話の普及に伴い徐々にその役割を終えることになったが、街並みだけは遺構のように往時の姿を残してきました。そこには、御手洗が今日の姿をとどめるターニングポイントとなる大きな出来事があったようです。

平成3年(1991)に発生した大型台風(19号)が瀬戸内海沿岸の各地を襲い、高波高潮、強風による甚大な被害を及ぼしたといいます。特に広島県下の被害は大きく、重要文化財である厳島神社でも能舞台が倒壊したり、檜皮葺の屋根が吹き飛んだりしました。

同じように御手洗でも家屋、古い建築物、寺社仏閣などに大きな被害が及び、災害復興を余儀なくされました。この災害復興事業にあたって、広島大学工学部の鈴木 充(すずき みのる)教授による歴史的価値保存の働きかけや、地区住民の熱心な保存活動を通して平成6年(1994)に重要伝統的建造物群保存地区として国から選定され、現在の姿を留めるに至っております。

数年前には、ある清涼飲料水のCMや映画のロケ地となって以降、度々メディアにも取り上げられるようなり、今では若い人たちにも人気の観光スポットになっています。御手洗の歴史については、呉市役所や広島県観光連盟のホームページに紹介されておりますので、あわせてご高覧ください。

呉市(呉地域観光日記):https://kuremachidiary.jp/place/193/
広島県観光連盟:https://www.hiroshima-kankou.com/spot/3735
御手洗重伝建を考える会:http://mitarai.org/

昔ながらの生活様式で、人々が暮らす町・真の過去へのタイムスリップを体感

古い街並みを一つの観光資源とし、その地域の観光振興・活性化に利用する動きは旧来からよく見られる取り組みです。そうしたことから、全国に古い街並みが保存され昔の風情を留めている場所は数多くあります。しかし、そこに暮らす人々の生活様式までもが、昔ながらという場所はそれほど多くは無いように思います。

御手洗は、平成6年(1994)に国から重要伝統的建造物群保存地区に選定されてから、やがて30年を迎えようとしているのに観光地特有の賑やかな感じや、しばしば見られる土産物屋が立ち並ぶような風情が無いことに驚くと共に不思議な感じさえいたしました。

町を案内いただいた呉市役所観光振興課の蔦村さんによると、「他の街並み保存地区に比べ、観光を生業(なりわい)としている住民は極端に少ないのも御手洗の特徴です。だからこそ、ありのままの街並みや生活を身近に感じることができる」と説明いただきました。

地域の方の多くは、昔ながらの果樹栽培(大長みかんの生産地)、漁業、水産加工、船舶の運行業などに従事されているそうです。

自転車に乗った島民
のんびりとした生活が人々の姿から感じられる

御手洗の最大の魅力は、昔ながらの生活様式で、人々が暮らす町だからこそ感じられる“長閑さ”や、ゆっくりと流れる時間感覚なのではなかろうかと思いました。

しばしば、旅行パンフレットや観光PR誌で「まるで昔へタイムスリップしたような感覚が味わえる」という表現を目にしますが、期待したほどのタイムスリップ感が味わえない場合もございます。

しかし、ここ御手洗においては、サライ世代の期待を裏切らぬ“タイムスリップ感”を味わうことができるでありましょう。

タイムスリップ感を味わえる建物群

アクセス情報

所在地:広島県呉市豊町御手洗
バ ス:JR西日本 呉駅前または広駅前バス停から「とびしまライナー乗車」、御手洗港バス停下車
自動車:広島呉道路(クレアライン)呉ICから約1時間30分

取材・動画・撮影/貝阿彌俊彦(京都メディアライン)
ナレーション/敬太郎
京都メディアライン:https://kyotomedialine.com
Facebook:https://www.facebook.com/kyotomedialine/

 

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