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前回のジャケットの前合わせ=いわゆるダブル/シングルの話(記事はこちら)に続いて、今回はシングルブレステッドのジャケットの、フロントボタンの数の変遷について考えてみたいと思います。

じつは、スーツは時代によりフロントボタンの数やその掛け方に大きな変化が見られるのです。

1860年代、ウエストラインに縫い目が入り、上体部分と腰を覆う衣(ころも)に分かれていた上着(ジャケット、コート)に革命的な変化が起こりました。サックスーツという、ウエスト部に縫い目のないデザインが出現したのです。当時のフロントボタンの数は3~4個。フロントラインは直線的で、すべてのボタンを掛けて着用するようなデザインでした。

1897年に描かれたスーツの広告イラスト。ふたりとも3つボタンの上着で、フロントボタンをすべて掛けている。イラスト右の人物の上着のウエスト部分には、横に縫い目が入っている。左の人物の服がサックスーツ。

1897年に描かれたスーツの広告イラスト。ふたりとも3つボタンの上着で、フロントボタンをすべて掛けている。イラスト右の人物の上着のウエスト部分には、横に縫い目が入っている。左の人物の服がサックスーツ。

 

1900年代初頭に「シングル2つボタン」のデザインが最初に登場したと聞いたことがありますが、上のイラストのように、当時は3~4個ボタンのスーツが主流だったようです。当時のデザインスケッチを見ると、3つボタンは3つ掛け、2つボタンでも当然2つ掛けというデザインであり、着用方法でした。

1920年代~30年代になると、またスーツのデザインが大きく変わります。

この時代のファッションに最も大きな影響を与えたのが、当時のイギリス皇太子、後のウィンザー公(エドワード8世)でした。現在のようにメンズ・ファッション・デザイナーなどというビジネズが存在しない時代に、スタイルのトレンドセッターとして、ウィンザー公ほど大きな役割を果たした人物はいないでしょう。

そしてウィンザー公が好んで着用したデザインのスーツは、イングリシュ・ドレープ・スーツと呼ばれ、イギリス・アメリカで大流行しました。

それ以前は4つボタンの上着も普通に着られていたのですが、この頃を境にシングルジャケットのフロントボタンは2個ないし3個に定着したようです。

また、それまではフロントボタンはすべて掛けるものであったのに、フロントラインがウエストあたりから裾にかけて緩く弧を描くように広がり、一番下のボタンが掛けられないようなデザインになりました。以来、現在に至るまで、普通の上着では最下位ボタンは掛けない設定が、完全に定着しています。

ちなみに、イングリッシュ・ドレープ・スーツは、アメリカの業者向け商品目録では、「シングルの場合は2個ボタンか3個ボタン。2個ボタンの上のボタンはウエストラインの位置につけられ、かけられるが、下のボタンはかけない」(『エスカイア版20世紀メンズ・ファッション百科事典〈日本語版〉』スタイル社・刊)と書いてあったそうです。

 

2つボタンのジャケットには顔を小さく見せる効果がある

ところで、1930年代以降の外国のスタイルブックのバックナンバーを見てみると、常に2つボタンと3つボタンが同時に描かれているのに、日本ではある種の流行を除いて、第二次世界大戦後かなりの長期間にわたり、ほとんどすべてのシングルブレステッドの上着は2つボタンでした。

ある種の例外的流行とは、このコラム第2回ブレザーの記事でもご紹介しました、1960年代に大ブレークしたアイビースタイルです(詳しくはこちら)。「3つボタン段返り」の上着はおしゃれな若者達の制服でした。

1950年代のアメリカでは、イタリアンモデルにアイデアを借り、背が高く手足が長いアメリカ人用にデフォルメされたコンチネンタルモデルが登場し、3つボタンのアイビーモデルと2つボタンのコンチネンタルモデルがアメリカンファッションをリードすることになります。

60年代の初め、ブルックス・ブラザーズが2つボタンを発表し、時のアメリカ大統領ジョン・F・ケネディが愛用したことで、アメリカでは完全に2つボタンが主流になったようです。

すべてにおいて、アメリカがお手本であった日本で、2つボタンがスーツやジャケットの主流であり続けた理由を、このあたりに求めるのは間違いではないように思います。
2つボタンのジャケットは3つボタンに比べ、Vゾーンが深く、ワイシャツの胸を大きく露出させるので、着用者の胸幅をより大きく見せ、さらに着用者の頭部を相対的に小さく見せられるのが特徴です。

欧米人に比べて身長が低く、体幹部が貧弱で相対的に顔が大きい日本人には、3つボタンより2つボタンのほうが体型的に合うといえましょう。しかし、注文洋服であれば3つボタンの第一ボタンの位置をやや低目に設定するなど、バランス次第でどのような体形の方にも着用いただけるはずです。日本人とそんなにプロポーションの違わないイタリアで、3つボタンが主流なのですから。

また、デザインの分野における最近の世界的なクラシックブームとあいまって、紳士服のトレンドとして3つボタンが復活し、日本でも若者を中心に人気が高まり、今ではおしゃれなミドルエイジにも支持者が急増しているように思います。

2つボタン一辺倒だった方は、この機会にぜひ3つボタンをお試しいただきたいと思います。

最後にもう一度、「フロントボタンを掛ける/掛けない」について。

最近、テレビのトーク番組などでは、登場者が座っている時も上着のフロントボタンを掛けていますが、フロントボタンは本来、立っている時には掛ける、座る時には外すものでした。

テレビでは、おそらく座っている時もボタンを掛けていたほうが改まって見えるからという理由で、そうさせているのだと思います。しかし、上着は立った時だけボタンを掛ける前提で作られているので、座った時にボタンを掛けると、どうしても窮屈に見えますし、しわが出てしまいます。

座る時にボタンを外すのは決して失礼にはなりませんので、堂々と外していただきたいと思います。
文/高橋 純(髙橋洋服店4代目店主)
1949年、東京・銀座生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、日本洋服専門学校を経て、1976年、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションのビスポーク・テーラリングコースを日本人として初めて卒業する。『髙橋洋服店』は明治20年代に創業した、銀座で最も古い注文紳士服店。

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