注文洋服ではお客様ひとりひとりの体の寸法にあわせて洋服を仕立てます。

注文洋服ではお客様ひとりひとりの体の寸法にあわせて洋服を仕立てます。

洋服のサイズや寸法に関して考える時、大きめのサイズを着用すれば、あるいは大きめの寸法で注文すれば、「着て楽」だと思われがちですが、実はそうとばかりはいえません。

最も誤解されているのが、肩幅やアームホールの大きさと、動きやすさとの因果関係です。腕を下げてじっと立っているだけなら、広い肩幅、そして大きなアームホールの服のほうが楽かもしれません。しかし、服は着用して動くことが大前提なのですから、何よりも動きやすさが大切です。残念ながら、そのような大きな服は、腕を動かした時にジャケットが一緒に動いてしまい、逆に動作がしにくくなるものなのです。

■ズボンとジャケットの適正寸法の考え方

「正しい寸法」を考える際に、服の大きさ・長さは「こうでなければならない」といった決まりがあるわけではありません。しかし、「こうすれば美しい」「こうすると見苦しい」という寸法と、「こうすると着心地が悪い」という寸法はあります。先ほどの、肩幅とアームホールとの関係は「こうすると着心地が悪い」に属する例です。

(1)股下

同じことがズボンの股上(股下)についてもいえるでしょう。ズボンというのは、腰骨の少し上、体の一番くびれた部分(必ずしもくびれていない人もいますが……)でベルトを締めることによって、しっかり支えられます。

だから、それより上にベルトがあれば、ズボンは下がってしまいますし、それより下ではウエスト寸法をよほどゆるく設定しない限り、体の細い部分にせり上り、ズボンは股に食い込んでしまいます。

サライ11-2

最近では股上の浅いズボンが増えていますが、スーツやジャケットとのセットアップスタイル用のズボンは股上がへその位置くらいまであるものが履きやすく、美しく見えると思います。

一般的に、ズボンの股下寸法(長さ)は靴のかかとすれすれが適正といわれています。前は靴の甲に当たってやや大きめに折れる程度を標準としますが、ズボンの裾口幅が広くなればそれよりわずかに長くなり、反対に裾口幅が狭くなれば、少し短く設定します。(ただし、最近のトレンドはかなり短めになっています)

(2)上着の丈

上着の丈は、首の付け根のグリグリ(第7頚椎)から靴を履いて床までを測り、半分にして2cm引きます。これを標準の上着丈と考えればいいでしょう。時代のトレンドで多少の長短はありますが、流行に左右されない正しい服を望むならば、この長さを基準にしてわずかな調整をする程度です。

よく「手の親指の爪まで」といいますが、これでは腕の長さに左右されます。本来、上着丈は身長を基準にすべきものですから、腕の長さに左右されるべきではないはずです。

最近のトレンドでは、上着丈が短くなっていますが、欧米人に比べ脚の短い日本人は、上着丈をやや長めに設定して、お尻を隠してしまったほうが、短足が目立たなくていいように思います。

(3)袖丈

50代以上の男性の洋服姿で気になるのが「正しい袖丈」で着ている方が少ないことです。ほとんどの場合、袖丈が長すぎるのです。

袖丈は袖口からワイシャツが1cm程度見えるようにするのが正規の長さなのですが、大体の場合、当店でご注文されるお客様でも「ワイシャツが見えないように」という希望を出されます。しかも、たいていの場合はワイシャツの裄も長すぎるので、上着の袖丈は相当長くなってしまいます。

上着の袖丈はぜひとももう少し短くして、せめてワイシャツが少しでも顔を出す程度の長さで着ていただきたいものです。

正しい袖丈で仕上げられた上着。手を下げた状態で袖口からシャツの袖が1cmくらい見えるようになっています。

正しい袖丈で仕上げられた上着。手を下げた状態で袖口からシャツの袖が1cmくらい見えるようになっています。

そしてもう一か所、ぜひともワイシャツを見せていただきたいところがあります。それは首回りです。上着の上襟からワイシャツのカラーが1.5cm程度出ることによって、スーツ姿/ジャケット姿はグッと引き締まります。

シャツと上着の襟の正しい姿。シャツと上着の色のコントラストが、首回りを美しく見せてくれます。

シャツと上着の襟の正しい姿。シャツと上着の色のコントラストが、首回りを美しく見せてくれます。

■「サイズ」と「寸法」は似て非なるもの

さて、ここまで洋服の「適正寸法」についてお話ししてきましたが、同じような意味に使われがちな「サイズ」と「寸法」、実は似て非なるものであることに、みなさんお気づきでしょうか?

「サイズ」とはできあがった製品の大きさを示す尺度です。一方で「寸法」はそのものが実測された大きさや長さのことをいいます。つまり、履いている靴のサイズは26cmであっても、実際の足の寸法は25.7cmであったり、AB6サイズの洋服を着ている人のバスト寸法が97cm、ウエストが89cmだったり、といった具合です。

つまり、サイズは既製品に用いられる用語であり、注文洋服はお客様個々の寸法にのっとって製作されるということが最も大きな違いなのです。

既製服の大部分は、ハンガーに掛けたり、トルソーに着せたりして展示した時に美しく見えるように裁断されています。つまり、直立不動で立った時に見栄えのする服作りを目指しています。

ごく簡単に説明すると、例えば既製服でジャケットの原型を決定する際には、「上着丈xxcmに対してウエストのしぼり方はどのくらい。肩幅はxxcm、袖丈はxxcmに設定すれば、美しいジャケットが出来上がる」という考え方に基づいて原型を作り上げ、これを様々なサイズに展開していきます。極端にいえば、そこでは美しいジャケットを作り出すための数値はあっても、着用する人個々のウエスト寸法や肩幅、腕の長さなどは考慮されていません。

ですから、既製服を購入するということは、自分の寸法に最も近いサイズの服を購入するということなのです。この時に最も重要な要素は、肩回りの納まりと、ベルト位置、つまり股上が自分にあっているかどうかです。

上着を羽織ったときに上着が肩の稜線に自然に乗る感じで、肩の前の部分に圧迫感がないことがサイズ選びの目安です。ズボンはウエストでしっかりとめられるか、ずり落ちたり、お尻の縫い目が食い込んだりしないかがチェックポイントです。

最近では既製服でもズボンのウエスト寸法や股下、袖の長さをアジャストしてくれるのは当然のサービスとなっていますが、これは単にサイズを微調整してくれているだけです。残念ながら、肘の位置や膝の位置の調整はしてくれません。上着丈、股上寸法の変更もしてくれません。

ここでは既製品が悪いと申しているわけではありません。これは誰が着てもそれなりに着用可能な服を作らなくてはならないという既製服の宿命なのです。その代わり、注文洋服より価格が安かったり、デザイン性が高かったりと、既製服には既製品なりのメリットがたくさんあると思います。

文/高橋 純(髙橋洋服店4代目店主)
1949年、東京・銀座生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、日本洋服専門学校を経て、1976年、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションのビスポーク・テーラリングコースを日本人として初めて卒業する。『髙橋洋服店』は明治20年代に創業した、銀座で最も古い注文紳士服店。

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