文/印南敦史

――医療が進んで、体の痛みのコントロールはかなりできるようになってきました。しかし、死の直前に訪れる孤独や不安、絶望という“心の痛み”へのケアを、もっと大切にしていかなければなりません。この点は、これからますます医療関係者やカウンセラーなど、病人に付き添う人たちの間で教育されていく必要があり、デス・エデュケーションの大きな課題でしょう。――(「はじめに」より引用)

これは、『死にゆく人にあなたができること 聖心会シスターが贈るこころのメソッド』(鈴木秀子 著、あさ出版)の著者が、1995(平成7)年雑誌『婦人公論』に寄せた文章である。

そこから25年が経過した現在は医学・医療が進歩し、以前であれば助けられなかった命を助けられるようになった。しかしその一方、超少子高齢化社会に突入してもいる。

統計データによれば。1995年当時は男性が76.38歳、女性が82.85歳だった日本人の平均寿命は、2018(平成30)年には男性81.25歳、女性87.32歳と、5年近くも伸びているそうだ。

だがその一方、日本はこれから“多死社会”を迎えるとも考えられている。死者数は毎年増え続け、2040(令和22年)にはピークに達し、1年間に約166万人がなくなると予測されているのだ。

寿命が伸びて高齢者が増えるということは、多くの人にとって死がより身近なものになっていくということでもある。したがってこれからは、死にゆく人を安心させ、穏やかで幸せな最期を迎えさせることが、遺された家族の役割ということになっていくのだろう。

死には、苦しくつらいものという印象があり、それは事実でもある。だが、今後はあえて、そうした考えは捨ててしまっていいのではないかと著者は考える。死とは決して苦しいこと、悲しいことだけではないという思いがあるからだ。

死とは人生において最後の大仕事です。生と死は切り離されたものではなく、誰もが死によってこの世での人生を完成させることができるのです。(中略)
どうして、そんなことがいえるのか……私はカトリックのシスターとして、またこれまで多くの人の死に立ち会い看取ってきた経験からも、その理由を本書でお話ししていきたいと思います。(「はじめに」より引用)

そんな思いを軸として書かれた本書のなかで著者は、「あきらめる」ことの重要性を説いている。

「あきらめること」には、どこかマイナスなイメージがあるはずだ。事実、「あきらめたらダメだ」という思いがあるからこそ、人は努力を重ねるのだろう。

もちろん、がんばること、努力することは大切で、尊いことでもある。ところが、がんばることが次第に「執着」に変化していき、やがて自分を苦しめることにもなる場合もあるというのだ。

しかも生きている以上、努力ですべてが解決するとは限らない。「がんばれば自分の力でなんとかなること」と、「どうあがいても自分の力ではどうにもならないこと」が起きるわけだ。

だとすれば、ときには「あきらめること」が大切なときもあり、あきらめることで救われるケースもありうるということになる。まさに、「あきらめが肝心」というケースも少なくないのである。

たとえば、死もそうでしょう。
大切な人を失うのは誰でも悲しいことです。死をあきらめきれず、受け入れられず、執着してしまうのは人として当然だと思います。しかし、執着しすぎれば自分を苦しめるだけでなく、死にゆく人をも苦しめてしまうことになりかねません。(85ページより引用)

だからこそ著者は、人が幸せに生きていくために必要なことのひとつとして、「あきらめること」が大切だと考えているのだという。それを、親しみを込めて「聖なるあきらめ」と呼んでいるのだとか。

「あきらめる」という言葉には、断念する、放りだすという意味のほかに、もうひとつ「明らかにする」という意味があります。
これは仏教の世界で悟りに至るためのひとつの道として説かれます。物事の本質、意味を明らかにして、真理に達するという意味で用いられるものです。(本書86ページより引用)

「聖なるあきらめ」をもって、死の本当の意味を明らかにしてみる。そうすれば、人は執着を手放し、人間の力ではどうすることもできない「死」というものを徐々に受け入れていくことができるというのだ。

もしも執着を手放し、死を受け入れることができれば、死にゆく人を幸せに送り出すことができる。そればかりか、残された人も自分自身を癒していくことができるという考え方である。

また、この考え方をさらに押し進めていけば、やがて訪れる「自分自身の死」をも肯定的に受け止めることができるようになるのかもしれない。

* * *

著者はカトリックのシスターでありながら、仏教の思想なども認める柔軟性をも備えている。クリスチャンではない人をも納得させる力が本書にあるのは、おそらくそのせいだ。


『死にゆく人にあなたができること
聖心会シスターが贈るこころのメソッド』

鈴木秀子 著
あさ出版
定価 本体1,300円+税
2020年6月 出版

文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)『書評の仕事』 (ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( ‎PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。

 

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