新着記事

加重ブランケット『スラウン』|ほどよい圧力で包み込み、快眠に誘う“重たい毛布”

カクシゴトが引き金になる●●離婚とは…|離婚の原因いろいろ

「熟年離婚」「成田離婚」「マザコン離婚」|離婚の原因あれこれ

美意識

美意識が高い40代以上が憧れる女性芸能人TOP3は「天海祐希」「吉永小百合」「北川景子」

進学に関する保護者の意識調査

子供の進学に親はどこまで関与する?|保護者が我が子の進学先を選ぶポイントとは?

8号帆布のデイパックと薄マチショルダーバッグ|シンプルで使いやすい。質実剛健な帆布バッグ

(2)キース・ジャレット『ケルン・コンサート』

「都市」と共演するキース・ジャレットのソロ・ピアノ【ジャズを聴く技術 〜ジャズ「プロ・リスナー」への道32】

不動産のプロ104人に聞いた、30年後に価値の落ちない物件とは|東京近郊のタワーマンションで一番価値が上がるエリアは!?

間違いだらけのタワマン選び|不動産のプロ100人に聞いた「価値が下がらないタワーマンションエリアランキング」(東京近郊編)

雇用保険、健康保険について【そのときになって困らないために|リタイア前後の手続き編】

定年後の「雇用保険」「健康保険」、どうしたらいい?【そのときになって困らないために|リタイア前後の手続き編】

エコ・ドライブ グローバル電波時計|僅かな光を動力にする「エコ・ドライブ」搭載。海外対応の電波時計ゆえ時刻合わせは不要

彩り野菜のホットサラダ

【管理栄養士が教える減塩レシピ】秋の味覚、さつまいもを使ったレシピ 「さつまいものごまチーズ焼き」「彩り野菜のホットサラダ」

通販別冊『大人の逸品』最新号はこちら

LINE公式アカウントでも記事を配信中

友だち追加

お気軽に友達追加してください

サライ本誌最新号(クリックで試し読み)

ピックアップ記事

  1. 設計・施工はすべて積水ハウスが担当。バリアフリーをはじめ、高齢者の暮らしやすさに配慮した設えが特徴。写真は50平方メートルの部屋。
  2. 設計・施工はすべて積水ハウスが担当。バリアフリーをはじめ、高齢者の暮らしやすさに配慮した設えが特徴。写真は50平方メートルの部屋。
  3. 写真手前が「ラム串五本セット」1000円。レバー、ショルダー、ランプ、ネックの炭火串焼き。左上「よだれラム」800円。羊のすね肉をロール状にして麻マー辣ラーのタレに漬ける。“赤の泡”と好相性。

>>過去の記事へ

サライの通販

>>過去の記事へ

サライ7月号付録「筋トレチューブ」トレーニング動画公開中!

暮らし

【娘のきもち】弟にベッタリの母に、単身赴任で離れて暮らす父。母に内緒でするベランダでの電話が唯一の心休まる時間だった~その1~

取材・文/ふじのあやこ

【娘のきもち】~その1~

近いようでどこか遠い、娘と家族との距離感。小さい頃から一緒に過ごす中で、娘たちは親に対してどのような感情を持ち、接していたのか。本連載では娘目線で家族の時間を振り返ってもらい、関係性の変化を探っていきます。

「母親との関係に距離がある分、父親は離れて暮らしていたけどずっと近くに寄り添っていてくれました」と語るのは、朱音さん(仮名・42歳)。彼女は現在、兵庫県で3歳になる男の子の母親であり専業主婦です。やや茶色い髪は1つに束ねられ、化粧気がないものの目がパッチリと大きく整った顔立ちをしています。話している間に目が合ったのは数回。どこか気が弱そうな雰囲気を感じさせました。

年の離れた弟ばかりをかわいがる母親。単身赴任の父親にその愚痴をいつも聞いてもらっていた

朱音さんは兵庫県出身で、両親と8歳下に弟のいる4人家族。父親は物流などを扱う商社でサラリーマンをしており、母親は専業主婦。家族仲は弟が生まれる前後で大きく違ったと言います。

「3人だった時は母親も優しくて、両親の仲も良くて、楽しかった記憶が残っています。でも、弟が生まれてから母親は弟に付きっきりになり、その後父親は単身赴任で地方に行くことになってしまって……。家族全員が揃ったところがあまり思い出せません」

父親の単身赴任が始まったのは朱音さんが中学校に上がる直前。家族は再び3人になり、構図は2対1のような感じだったとか。姉弟仲はどうだったのでしょうか。

「8歳も下だとケンカになんてならないです。自分の子供のような感覚さえありました。遊んであげたこともありますし、絵本を読んであげたこともあります。でも、年の近い姉弟と違って、何かを真剣に相談し合うことはまったくなかったです。私は大学進学とともに実家を出たんですが、その時に弟はまだ小学生。今も仲は悪くないですが、決して距離は近くないと思います」

朱音さんは中学生に上がると反抗期もあり、母親との会話は一切なくなります。その愚痴を父親に電話で聞いてもらうことが多かったそうです。

「母親と話すとイライラしてしまっていました。特に弟の宿題を見ている母親の声とかが部屋に聞こえてきた時とかはすごくムカついていました。私の時にそんなことをしてくれた記憶なんて一切なかったから。今思うと、寂しかったんですよね。

父親には当時はまだ携帯なども普及していなかったから、家の電話の子機をベランダまで持っていき、電波が悪いのかガーガー機械音が鳴っている中、話を聞いてもらっていました。父親には反抗期はなかったですね。それに顔を見ていないから、電話だから色んなことをはっきり言えたというか。進路の相談も父親にしていました」

【次ページに続きます】

ページ:

1

2

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

関連記事

  1. 【娘のきもち】自己肯定感がない自分を絶対的に必要としてくれたもの…
  2. 【娘のきもち】自己肯定感がない自分を絶対的に必要としてくれたもの…
  3. 【娘のきもち】「手のかからない良い子」を演じ続けた代償。今も両親…
  4. 【娘のきもち】「手のかからない良い子」を演じ続けた代償。今も両親…
  5. 【娘のきもち】母親の口癖は「早く自立して」。親子の絆の呪縛から解…
PAGE TOP