では、相続問題の専門家・曽根惠子さんに解説とアドバイスを伺いましょう。
「現金が少なくて、土地が財産。そんな松本さんのお父様のような方は大勢いらっしゃいます。不動産は収益をあげてこそ維持できるのに、活用できていないため、本来の財産価値が生み出せていないのです。
松本さんのご実家も200坪に一軒家が建っているのは効率がよくないため、活用の仕方を工夫したいところです。売却して住み変えたり、半分を売却して建て替えたり、いくつも方法はあるのですが、お母様がまだ住み続けたいというご希望。しかしこのままでは、お母様も施設に移って空き家になったときにはお父様の認知が進み、売ることもできなくなります。
そこで私たちが提案したのは『民事信託』です。これは、家の財産を代表者が管理するという制度です。これは財産を渡すのではなく、“託す”だけ。相続税の節税対策にも有効な手段です。
『民事信託』は、財産を委託する人が生きている間に行えるという制度です。これには、『遺言書』を生前から実行できる『遺言書代用信託』と、一般的に自己信託と呼ばれる『信託宣言』の2つのパターンがあります。後者のほうは公正証書で行うケースが一般的です。
いずれも難しくはないのですが、どうせなら相続のプロが行ったほうが時間も手間もかかりません。」
その後、松本さんは、両親と妹夫婦にも説明し、『民事信託』を進めることになりました。曽根さんはその契約準備を整え、契約当日には家族4人が揃い、公証人や司法書士が父親の意思確認をしながら、手続きを進めることができました。父親は車いすでしたが、元気で意思もハッキリしておられ、契約が終わって安心されました。
民事信託によって、長男である松本さんが全体を管理できるようになりました。父親が亡くなったときには、お母様が信託財産を相続しますが、相続税はかかりません。父親が存命のまま、母親も施設などに入る可能性もありますが、そうして実家が空き家になったときには、松本さんが処分したり、活用して、両親の生活費を捻出することになりました。
これで、家はあるがお金が足りなくなって子供の負担になるような状況にはなりませんので、両親も一安心。今後は両親の状況を見て、必要な対策を決断することになります。
【今回の教訓】
認知症になってしまうと相続対策ができませんが、生前に子供に財産を託して活用、運用できる『民事信託』をしておくことで「老後破産」とはならずに老後資金を捻出し、節税対策もできるようになります。
監修・曽根惠子さん
夢相続 代表。PHP研究所勤務後、不動産会社設立し、相続コーディネート業務を開始。1万3000件以上の相続相談に対処、感情面、経済面に即したオーダーメード相続を提案。『相続はふつうの家庭が一番もめる』(PHP研究所)、『相続に困ったら最初に読む本』(ダイヤモンド社)、『相続発生後でも間に合う完全節税マニュアル』(幻冬舎MC)ほか著書多数。
取材・文/沢木文
イラスト/上田耀子